スケートに行こう!

1.スケートに行こう!

アイスアリーナに誘われた、と言うとなんとなくわかりづらい気もする。スケートと言えば分かりが良いのだろうか。

そんなものに誘われたことのないオレにはよくわからない。

ともかく、人生初のお誘い。

果たして積極的に受けるべきか断るべきか


「秋葉、そこは悩まなくてもその気がないんだったら断ってくれてもいいんだぞ」


司さんに見透かされたように言われてしまう。思わずうっとなるオレ。

さりげない日常会話の中、次の休みに司さんはオープンしたばかりのスケートリンクに行くという話になり、流れで誘われた程度の話。


これが常日頃バカをやっている男友達なら、まあ行ってもいいかな、ぐらいになるだろう。

司さんでも面倒見はいい人だから滑れなくても面倒見てくれるだろう。


しかし、問題は随伴者だ。

このお誘いの企画立案者は司さんではない。司さんが自分から一人でスケートに行くなんていうことはあまり考えられないが事実、その通りで行きたいと誘ったのは司さんの妹、森さんだったらしい。


と言うか森さん一人の立案でもなく、忍と二人で行くことになっていて、たまたまオフの司さんも誘われたようだ。


そのメンバー。

アイススケート初体験の俺にとって、ちょっと嫌な予感しかしない。

いや、別に意地悪をされるとか馬鹿にされるとかそういうことは全くもってないのだが……ないのだがなんとなく何も起きない方がおかしい気がしてならない。


もちろん二人も何か起こそうという気があってそんなことを言っているわけでなく、普通に遊びに行くんだろうが。


「ちなみに司さんはスケート、滑れるんですか」


答えを出す前に聞いてみた。


「最後に行ったのは高校くらいの時かな」


森さんは大学に入ってから忍と行ったのが最後だと思うから、みんな久しぶりなんじゃないかという。


良心的な答えだ。全員滑れる確証があるわけではないその返答に、謎の安心感。

オレは日本人の典型的な確固たる意思もなく「じゃあオレも行きます」と答えてしまった。



 * * *



そしてその日、人生初のスケートリンク。

都内にそんな場所が沢山あるわけではない。あっても屋内であることがほとんどで、利用者は学生か家族連れ、あるいは同じ年の頃の人達が固まっている。異性二人連れはもれなく彼氏彼女といった感じの人たちが多かった。


「このリンクは一回街が破壊された後に復旧された場所なんだよね」

「もちろん私達も初めて」


まだ真新しい建物に綺麗な氷。

オレのイメージではテレビで放送されているフィギュアスケートのリンクのイメージがあったのでものすごい透明度のそれに驚いた。明鏡止水のごとく。というか実際水がそのまま鏡のように止まっている状態と言っても過言でもない。


「普通こんなに綺麗なんですか」

「違う気がする。なんとなく人間業ではないような」


その反応に、あーそうかと納得してしまうオレがいる。

どうやって氷を張るのかはよくわからないが、人間の場合は何度も何度も重ねて磨き上げるんじゃなかろうか。

しかし、ここの氷は一気に作りました。みたいなものすごいクリアさとものすごい厚さでがっちりと固まっている。


「神魔が入ってるな」

「もはやこの透明感はアートだね」


司さんの予想はたぶん確定。忍と森さんも感心したように眺めている。


「こんなに綺麗なの見たことないもん」

「よくかき氷の氷を夏までプロが保管するなんて話聞くけど、それで作ったのもすごく美味しいんだって。このアリーナの氷はすごい高級品だと思う」


完全に同意だ。神様か悪魔かは知らないがともかく人知を超えたものが作り上げている。人間の手には届かない高価な氷のリンクがそこにはあった。

それを知ってか知らずか、やはり美しいリンクに人々は笑顔を絶やさない。


「神魔のヒトもこんなところにまで力を使ってくれるんだなぁ」

「でもみんな楽しそうだね」

「じゃあ私たちも行こうか」


当然、スケート靴なんか持っていないのでレンタルしたものに、リンク近くのベンチで履き替える。もうこの時点で結構不安定だ。オレ、滑れるのか。


同じ疑問を全員抱いているらしく 珍しく忍からも久しぶりすぎて大丈夫だろうかと踏み入る前に不安の声が聞こえる。


「壁伝いにしばらく慣らせば大丈夫じゃない?」


続いて普段はない超楽観的な返事で、森さんが続く。

リンクの周りには囲いがあってそこに何箇所かある出入り口から遊ぶ人は出入りをする。森さんと忍も壁に手をついて滑り


「あ、いけるいける」


そしてそのままあっさり手を離すと何の支えもなしリンクの真ん中の方に滑ってこちらを振り返った。二人して。


「司さん、何ですか。あの女子二人、身体能力おかしくないですか」

「森は昔からアクティブな遊びも好きだったからな。多分基本になる体幹ができてるんだろう。忍は知らないが」


同じような遊びをよくしている相手として、多分同じ感じ。と冷静に分析されてしまった。


「司ー、秋葉くん、早く」


まあここまで来たんだから行くしかないだろう。司さんは出入り口のゲートの所に手をついてそのまま何の支えもなく二人の所へ行ってしまった。


え。ちょっと待って。司さん高校ぶりとか言ってませんでしたか。


オレの心中は計り知れず。


「司の方が久しぶりなのに。実は一度来て練習した?」

「するわけないだろ。二人とも俺の仕事忘れてるだろ」


すいません2人じゃないです、3人です。

そうだ、司さんは常日頃アクロバティックな神魔相手に捕物劇を広く繰り広げる仕事(おまわりさん)をしてるんだった。つまりこれくらいは朝飯前みたいな感じになるんだろう。



やばい。これオレ一人が囲いから離れられる気がしない。

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