無人駅

おゆき

無人駅

 僕の名前は雨野あまの しずく、天才だ。ナルシストというわけではない。誰もが認める天才なのだ。

 ─そう、自分でさえも


「雫は本当に頭がいいわねぇ〜」

「あぁ、雫はうちの自慢の子だ」


 父と母の口癖だ。


 僕の父親はこの辺りでは有力な権力者らしい。なので、地元では一番と言っていいほどの裕福な家系だった。そのおかげで、物心ついた頃から色々なことをしてきた。例えば、ピアノ、バイオリン、ギター、トランペット。楽器だけでなく、書道や花道、絵画に乗馬など、数えたらキリがない。

 一人っ子ってこともあってか、両親からはとても期待されていた。

 僕は、昔から両親の期待に応える為に頑張ってきた。親を悲しませたくなかった、ってのは建前だ。本当は、もし期待を裏切ったら何をされるかわからなかった。それが怖かったのだ。


 しかし、そんな日々を一変させる出来事が起こった。それは高校二年の夏のことだった。


 ***


 この日は夏真なつまっ只中ただなか。もう8月だというのに、なんだか少しだけ肌寒い日だった。


「雫、どういうこと!」


 この日は三者面談があった。そしてその時に、この前受けた全国模試の結果が帰ってきたのだ。


「だから、この時はお腹が痛くて途中退席してしまったんだよ。そのせいで最後まで解ききれなかったって、何回も─」


「そんなの関係ないわ!」


「関係あるって。それに、B判定なんだからこれから頑張ればいいだろ。先生も、この調子なら現役合格できるって言ってたし」


 僕は受験を考えてる難関大学でB判定だった。普通はB判定なら、六割から八割ぐらいで合格できるのだから、特に怒る必要はないだろう。だが、さすがは僕の母親、A判定でないからという理由でめちゃくちゃ怒られた。


「B判定じゃダメなの!あなたはいつも一番でなきゃいけないの!」


「なんだ?どうしたんだそんな大声出して」


「この子、こないだの模試でB判定だったのよ」


「本当なのか、雫?」


「ああ、だけど聞いてくれ、この時お腹壊してしまって最後まで─」


「言い訳は聞いてない!!」


 うちの親は、一度怒ると周りの声が聞こえなくなる。


「言い訳って、、、それがなきゃA判定なんて余裕で取れてたんだよ」


「見損なったぞ、雫!もうお前はうちの子じゃない」


「は?親父、何を言って─」


「今すぐ出て行け!!」


 今まで色々なことを耐えてきた。だが、こんなことを言われてはもう耐えきれない。


「わかったよ、そんなに出て行って欲しいなら出て行くよ!こんな家、二度と帰ってくるもんか!!」


 僕は何も持たずに家を飛び出してしまった。


 ***


 勢いよく出てきたのはいいものの、お金すら持ってないからどこかに泊まることもできない。かといって、今家に帰っても、なんだか負けたような気がして嫌だった。

 その時、

 ─ポチャン


「ん?今なんだか冷たいものが落ちてきた気が」


 ──ザーー!!


「うわー最悪だよ、なんでこんな時に限って」


 いつもこうだ。なにか大事なことがある時、僕のいる場所は雨が降る。そのせいで、体育祭や文化祭、入学式や卒業式など大事なイベントの時は必ず雨が降っていた。

 もちろん傘など持っていない。唯一の救いはポケットにスマホが入っていたことだ。


「困ったな〜、どこかに人がいなくて屋根のある公園のベンチにでも、」

 と思ったが、なかなか人のいない公園など見つからなかった。先着のホームレスがいたり、不良たちの溜まり場になっていたりと、なかなか見つからない。


「ちくしょー不良どもめ!さっさと帰ってママのご飯でも食べてろってんだ」


 今日だけで不良のことが嫌いになりそうだ。

 まぁ、元から好きなわけではないが...


「仕方ない、こうなったら駅のホームにでも泊まるかな」


 幸い、僕の住んでる場所は田舎だったので無人駅があった。


「でもあの駅めちゃくちゃ遠いんだよなー」


 僕が住んでいる町は、田舎の中では栄えている場所にあるので、田舎の中でも田舎にある町の無人駅には、歩いて二時間ほどかかる。

 僕はスマホのナビを使って歩き続けていた。


「財布さえあればバスでも使えたのに」


 ─いや、こんな田舎では歩くよりバスを待っている時間の方が長いか。

 そんなことを考えながら歩いていると、駅のある隣町まで来ていた。


「たしか、駅はこの辺に...あ、あった!」


 ナビより三十分程早く着いた。


「思ったよりボロいな」


 最近見た時は結構綺麗だったんだけどな。


 ─本当にここであってるのか?


 その駅は、そこら中に雑草が生い茂り、たった一つの木のベンチもいつ壊れるかわからない程ボロボロだった。


「これじゃ眠れないじゃないか!」


 僕は思わず突っ込んでしまった。


「まぁ、屋根があるだけ有難いか。仕方ない、今日はこのボロベンチで寝るとしよう」


 まぁ、壊れたら壊れたでその時考えよう。今はそんなことも考えるのが億劫おっくうな程疲れていた。ベンチで横になるとすぐ、意識が朦朧もうろうとしてきた。


「なんで僕がこんな目に、、、」


 ─そこで、僕の意識は途切れてしまった。


 ***


「あ、あのー、すみませーん」


 なんだか外が騒がしいな。


「すみませーん!」


 なんだ?駅員さんか?いや、でもここは無人駅のはずだが


「すみませーん!!」


「うわぁ!ってあれ?もう朝か」


「やっと起きた〜、おはようございます」


「お、おはよう。って君、誰?」


 目を開けるとそこには、可愛らしい女の子が視界いっぱいに映っていた。


「私は晴野はるの 心晴みはる。二十二歳独身です!よろしく〜」


 突っ込みたいことは沢山あったが、咄嗟とっさに声が出てしまった。


「二十二歳!?ちっさ!!」


 彼女はとても年上には見えないほどに、二つの意味で小さかった。


「ちっさって何よ、ちっさって!」


「いや、あまりにも小さかったもので...」


 見る限り百四十センチも無いんじゃないか。

 もう一つの方は多分、いや確定でAだ。


「今なんかエッチな事考えたでしょ!?」


「まさか!その貧相な胸では考えようにも考えられませんよ」


「って考えてるじゃない!失礼ね!これでもBはあるのよ、Bは!!」


「またまた〜、そんな見栄張らなくていいんですよー」


「ぐぬぬ、、、わかったわ!そんなに言うなら見せてあげる!」


 この人は何を言い出すのだろう。バカなのか?


「結構です!僕は巨乳のお姉さんが好きなので!心晴さんみたいな貧乳ロリっ子には興味ないです」


「ひ、ひんにゅうロリって、、、」


「そんなことより、心晴さんはどうしてこんなとこにいるんですか?」


「そ、そうだったわ。私、家がこの近くにあるのよ。それで毎朝散歩の時にこの駅を通るんだけど、今日も歩いていたらなんだか不審な人が眠ってたから、起こしてあげようって思ったの」


 またもや突っ込みたいことが沢山あったがこれだけは言わせてくれ。


「誰が不審者じゃい!!」


 ***


「だからごめんって〜」


「謝っても許しませんからね!」


「そんなことよりさ、」


 いや、無視するな!


「雫君はなんでこんなとこで眠ってたの?」


「あー、まぁ色々あって...」


「ま、言いたくないなら無理に言わないでいいよ」


 その時の僕にはとても有難い言葉だった。


「心晴さん、少しは良いとこあるじゃないですか〜」


「でしょ〜、って少しって何よ、少しって!」


 こんな調子で僕たちは沢山お喋りをした。


 ***


「ところで雫君さぁ、これからどうするの?」


 そうだ、忘れていた。僕はこれからどうすればいいのだろう。


「どうせ、家出かなんかでしょ?」


「え、どうしてわかったんですか?」


「そりゃ高校生がこんなとこで眠ってたら、誰だってわかるよ」


 なんだ、最初から気づいていたのか...


「実は昨日親と初めて喧嘩したんです」


「え、初めて!?」


「はい、今までずっと親に逆らわずにやってきたので」


「そんな子本当にいたんだ」


 彼女は本気で驚いた顔をしている。そんなに珍しいことなのか?今までそれが普通だと思っていた。


「それで昨日、三者面談で全国模試の結果が返されたんです。その時、大学の合格判定がB判定だったので親に怒られてしまって」


「雫君はどこの大学受けるの?」


「東大です」


「え、と、東大!?」


「はい、僕、頭がいいので」


「いや、それ自分で言っちゃう?」


 仕方ないだろ、僕は天才なんだから。

 ─ただ勘違いしないでくれ。僕はナルシストではない。


「まぁ、その時僕お腹壊しちゃってテスト最後まで出来なかったんですよ。それを父に言ったら言い訳だ!とか言われて、家を追い出されちゃいました」


「そっかー、そんなことが。大変だったね」


「いえ、まぁ」


「そんな時は私に頼っていいのよ!ほら、なんでも言って!」


 この時の心晴さんはとても頼もしく見えた。


 それから僕は沢山のことを心晴さんに話した。両親の話や習い事の話、今まで辛かったが、我慢して一生懸命頑張ってきたことなど、沢山の悩みを話した。


 ***


「それで父に言われたんです。もうお前はうちの子じゃないって」


 気付けば僕は泣いていた。泣きながらもずっと話し続けていた。こんなに親身になって話を聞いてくれる人は初めてだったのだ。


「辛かったね。でもね、泣くのに我慢なんて要らないのよ。─泣きたい時に泣けばいい」


 その言葉を聞いて僕はさらに涙が溢れ出できた。人生でこんなに泣いたのは初めてだ。


「ありがとうございます。僕、心晴さんに出会えて本当によかった、です、、、」


 久々に泣いたせいか、急に眠気が襲ってきた。


「それならよかった。私が、君の瞳から流れる雫を晴らしてあげる。だから、また泣きそうになった時は私を呼んで!」


 その言葉を最後に僕の意識は再び途切れてしまった。


 目を覚ますと心晴さんの姿は無かった。

 ─気のせいか、駅はさっきよりも綺麗になっている気がする。

 あれは夢だったのか?もしかしたら心晴さんなんていないのかもしれない。そんな考えが脳裏をよぎった。


 だが不思議と、ここに来ればまた会えるような気がした。


 そんなことを考えながら今日も一人、無人駅に通う。

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無人駅 おゆき @oyuki_2004

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