第5話 麗奈の兄


 麗奈れいなの車は、まだ他に車のない高速を走っていた。直ぐに行動を起こさなかったのは、もう一つ確かめたいことがあったからだ。


「麗奈さん……対向車がいない理由が解りました」


 加奈子かなこの言葉に視線を上げると、前方には高速道路の料金所があり……黄色と黒の縞模様のバーで封鎖されていた。


「この様子だと、多分反対側も私たちが通過した後に封鎖してるわね。あいつら、どこまで手を回してるのよ……ホント、ムカつくわね」


 強行突破する訳にもいかないから、加奈子は車を止めてバーを退けようとするが……その前にバーが勝手に動いて道を空ける。


「カイエ、勝手に魔法を使わないでよ。誰かに見られたらどうするの」


 今回は襲われたから仕方がないが、普段の麗奈は人前で魔法を使わない。魔術士だとバレると余計なトラブルに巻き込まれるからだ。


「それなら問題ないよ。他には誰もいないし『認識阻害』を発動してるからさ」


 平然と言うカイエに麗奈は顔を顰める。


「その『認識阻害』って……ベルカッツェにも言ってたわよね? 言葉の意味は解るけど、透明化の魔法とは違うの?」


 ベルカッツェを捕まえたときに、カイエは認識阻害が下手クソだと言っていた。


「視覚だけじゃなくて、全ての感覚を誤魔化すのが『認識阻害』だよ。見えないだけだと触れれば解るけどさ、完璧な『認識阻害』なら触れても不自然とすら感じない」


 カイエが言っていることが本当なら、暗殺に使えば相手を殺しても気づかれないことになる。


「他に誰もいないって方は……」


「半径2km以内に誰もいないことは『索敵サーチ』で確認したよ。カメラの方も問題ない。『認識阻害』はカメラにも有効だからな」


 『認識阻害』の有効性は麗奈の車の車載カメラで試している。カイエの世界に自動車やカメラはないが、似たようなモノなら魔法で造ったことがあった。


「もう良いわよ。あんただけはホント敵に回したくないわね……加奈子さん、車を動かして。こんなところで止まっていても仕方ないから。下の道を通って帰るわよ」


 そう言うと麗奈はスマホで電話を掛ける。


「兄さん……私、麗奈。『光の神の使徒』と銃撃戦をしたけど、とりあえず私も加奈子さんも無事だから」


『銃撃戦って……麗奈は今日本だよね?』


「当然。兄さんが仕事を回して来たんでしょ。依頼主のところに向かう途中で襲われて、装甲車まで出て来たわよ。日本だから安全だって認識は改めた方が良いわね」


『装甲車だって? 冗談じゃないんだよね。でもそんなモノまで用意してるってことは……』


「ええ、高速も封鎖していたし、完全に計画的犯行ね。私は帰るから、仕事の方はキャンセルしておいて」


『了解だ。僕は依頼主の素性を洗うけど……』


「そうね。どうせ尻尾なんて出す筈ないから、そっち・・・の方は期待してないわよ。じゃあ、今夜もう一度電話するから……」


 電話を切ると、カイエが面白がるように笑っていた。


「何よ……」


「麗奈には兄さんがいるんだな。まあ、妹や弟がいるようには見えないけどさ」


「それって……私が我がままだって言いたいの?」


「ああ、そうだけど。それよりさ、今ので麗奈の兄さんには内通者の件は伝わったんだよな」


「カイエって本当にムカつくわね……兄さんのことは大丈夫よ。そこまで鈍い人じゃないから。装甲車が出て来た意味くらい解ってるわよ」


「なら、良いけど……ところでさ、麗奈が手に持ってる機械を貸してくれよ」


「機械ってスマホのこと? 女子高生にスマホを貸せなんて、カイエはデリカシーがないわね……解ってるわよ、解析するのよね」


 カーナビは勝手に解析したが、手に持っているモノをいきなり解析するのはさすがに悪いと思って、許可を求めたのだ。


 カイエが魔法を発動すると、スマホの画面に大量の情報が高速で流れ出す。どうせ自分の目で追えないと麗奈は諦めて、座席に深く座って伸びをする。


「この車……ガラスにヒビが入ってるし、弾痕だらけだから、かなり目立つわよね」


「何だよ、目立つのが不味いなら……これで良いよな」


 カイエがスマホの画面を見たまま魔法を発動すると、ガラスのビビが全部消える。


「カイエ、車体の方も……」


「ああ、傷は全部消したから」


「もう、聞きたくないわ……カイエは何でもアリね」


 加奈子がバックミラー越しにカイエを警戒している。護衛の加奈子なら警戒する気持ちは解るが、麗奈はもう警戒する気にもならないし……ある意味でカイエのことは信用している。


「ねえ、カイエ……あんたが『混沌の魔神』ってことは、混沌属性の魔力を司ってるってことよね? 混沌属性の魔力って何なの?」


 そんな属性など聞いたことがない。言葉の意味から考えれば、何でもアリということか? カイエらしいと言えばらしいが。


「『混沌の魔力』は全てを飲み込み、全てを生み出す原始の魔力だよ。あらゆる属性に変化できるし、複合属性を持たせることもできる」


 スマホでネットを解析しながら、カイエが応える。


「何よ、結局何でもできるってこと? 反則みたいな属性じゃない」


「何でもじゃないよ。例えばさ、死者を蘇らせることはできないからな」


 これは魔法自体の限界だ。魔法生物を生み出すことはできても、生命を復活させることはできないのだ。


「ふーん……カイエにも不可能なことがあるんだ。ちょっと安心したわ」


「なあ、麗奈……裏切者を炙り出すなら、俺も手伝おうか。対象さえ絞ってくれれば、俺なら裏切り者が誰か探れるからな」


「何よ、ほとんど何でもできるんじゃない。ムカつくけど……お願いすることになると思うわ。次の裏切者を出さないためにも、徹底的にやる必要があるもの」


 麗奈の兄が内通者である可能性のある者を選定している筈だから、それが終わってからカイエに頼むことになるだろう。


「ところでさ……今麗奈の家まで、あとどのくらい掛かるんだよ」


「下の道を通るし、これから混んで来る時間だから……二時間半くらいね」


 麗奈がカーナビの画面を見て応える。


「ああ、そういうことか……そんなに掛かるならさ、俺が車ごと運んでも良いけど。カーナビで場所は解るから簡単だよ」


「それは早い方が良いに決まってるけど……解ったわ。今度は車ごと飛ぶ魔法を使うつもりでしょ。私だって飛行魔法フライは使えるけど、そんなに速くないわよね」


 飛行魔法フライの飛行速度は時速60km程度だ。こんな速度じゃ良い的になるし、飛びながら『防壁シールド』は使えないから、修道服に襲撃されたときには使わなかったのだ。


「まあ、空なら直線で飛べるし信号もないからね。どうせ『認識阻害』も使うんでしょ……カイエ、お願いするわよ」


 麗奈が応えた直後、車が100mほど一気に垂直上昇する。


「麗奈さん!」


「カイエ、いきなり魔法を使わないでよ!」


「いちいち説明するのは面倒だらかさ。文句なら後で纏めて聞くよ」


 『加速ブースト』を多重発動して、麗奈の車は音速を超える。当然『認識阻害』は発動済みだから気づく者はいないし、結界も展開しているから車内は快適だが……


 低空飛行のせいでスピード感が半端なく、運転席の加奈子は気が気でなかった。それに対して麗奈は……


「凄い……メチャメチャ速くて最高じゃない!」


 文句などすっかり忘れて、ジェットコースター気分を楽しんでいた。

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