第7話 彼女は一体何者なのだろう~クラウド視点~
第二王子としてこの世に生を受けた僕は、物心ついた時からなぜか皆に嫌われていた。お世話をしてくれるメイドたちも、僕とは目も合わせず、黙々と世話だけをする。
話しかけても言葉を返してくれないメイドたちに
「どうして僕の事を無視するの?何か悪いところがあれば直すから教えて欲しい」
そう伝えた。
すると
「それでははっきりと言わせていただきます。あなたのその黒い髪は、“呪われた人間”の証でもあるのです。あなたの母親もあなたを産んですぐ、あなたの呪いのせいで亡くなったのです。とにかく私たちは、あなたの呪いを受けたくはないのです。どうか、私たちに話しかけないで下さい!」
そうはっきりと告げられた。僕の黒い髪は呪われた人間の証?僕のせいで母上は命を落としたのか…だから父上は僕に会いに来てくれないのか…
メイドの言葉はまだ幼い僕には衝撃的だった。そうはっきりと告げられて以来、メイドたちと極力距離を置くようになった。これが僕が出来る唯一の事だから…
そんな僕は、基本的に離宮で暮らしている。王妃が僕と一緒の空間で生活したくないかららしい。ただ、たまに王宮に行く事もある。今日もたまたま王宮に足を運んだついでに、中庭に寄った。
実は僕は花が大好きなのだ。美しく咲き誇る花を見ていると、心が和む。それにしても、ここの庭は本当に美しい花々が咲いているな。そう思って散歩をしていると、向こうで第一王子と王妃が楽しそうに話をしながら歩いていた。
嬉しそうに王妃に抱き着く第一王子と、優しく抱きしめる王妃。それを見た瞬間、何とも言えない気持ちになった。それと同時に、物凄い孤独感に襲われた。
分かっている。僕は呪われた人間だ。だから、あんな風に誰かに愛される事はないし、愛されてはいけないんだ!分かっているが、涙が止まらなかった。急いで離宮に戻り、部屋で1人泣いた。
そんな時、メイドたちのうわさ話を聞いた。
「マシュー殿下は、剣の腕も勉学も凄いらしいわよ。さすがよね!」
第一王子を褒める声が聞こえて来た。そうか、勉学や剣の腕が良いと、あんなふうに褒められるのか。まだ幼かった僕は、頑張れば褒められる、僕に目を向けてもらえると心のどこかで思っていた。どんなに頑張っても、決して褒められる事も、目を向けられることも無いのに…
それからと言うもの、死に物狂いで勉強し、必死で竹刀を振るった。そのおかげか、勉学も武力も自分でもびっくりするくらい伸びたのだ。
でも、やはり僕の判断は間違っていた。優秀になりすぎた僕を警戒した第一王子派(と言っても、王宮内には第一王子派しかいないが)が、どうやら僕の暗殺に乗り出した様だ。
ある日、僕の食事に毒が入れられた。その時はすぐに解毒剤を準備してもらったので事なきを得たが、それから何度か毒を盛られた。一度意識が3日間無くなり、本当に死にかけたことがあった。
腐っても第二王子だ。父親でもある国王が僕の為に、医師を雇ってくれていた。その医師の使命感が強かったおかげで、僕は何とかこの危機を乗り切る事が出来た。だからと言って、医師が僕の味方かと言われれば、そう言う訳ではないが…
ただ、なぜかその医師は解雇され、新しい医師がやって来た。多分、第一王子派の人間だろう。次に毒を盛られたら、きっともう僕は助からない。
そう覚悟していた中、たまたまメイドたちの話を耳にした。
「本当にしぶといんだから!さすが“呪われた人間”ね。次はうまくやらないと、さすがにあの方の逆鱗に触れるわよ」
やっぱり、僕を殺そうとしているのはメイド達か。それからと言うもの、僕はメイドたちが運んで来る食事を食べる事をやめ、自分で調達するようになった。
さらに毒に関する知識も真剣に身につけた。毒殺なんてされてたまるか!そんな思いから、必死に勉強したのだ。そのおかげで、毒が入っているかどうかを、ある程度見分けられるようにもなった。
僕は呪われた人間、だからずっと1人なんだ!でも、それでいい。僕は1人で平気なんだ!ずっとそう自分に言い聞かせていた。
でも…
もしかしたら僕にも、人としての温もりを与えてくれる人が現れるかもしれない。そんな淡い期待をどこかで持っていた。そんな人間が、現れる訳がないのに…
貴族学院に入学しても、もちろん僕は1人だ。誰も近づこうとはしない。分かっている。それでも僕は、この世界で生きていかなければいけない。いつしか心を完全に閉ざすようになっていった。
期待すれば傷つくだけだ!そう思っていた。
そんなある日、王太子になった第一王子がマーケッヒ公爵家の令嬢と婚約を解消をしたと言うニュースが入って来た。そう言えばマーケッヒ嬢は、我が儘で傲慢な女だったな。でも第一王子も婚約者がいる身分で、他の令嬢に手を出したんだ。
どっちもどっちだな。そもそも、僕にとってはどうでもいい話だ。そして2人が婚約解消をして以来、初めて学院にやって来たマーケッヒ嬢。
あろうことか第一王子の浮気相手に謝罪をしたのだ。今までのマーケッヒ嬢なら考えられない行為に、クラス全員が驚いていた。そして迎えた2時間目。僕が一番嫌いな時間でもあるダンスの授業だ。
自慢じゃないが、僕は誰とも踊ったことが無い。もちろん、踊れない訳ではない。人知れず練習もして来た。でも、誰も僕と踊ってはくれないのだ。先生が気をきかせて令嬢に僕と踊る様交渉してくれたこともあったが、真っ青な顔をして逃げられてしまった。
今日も1人、壁に背を付けボーっとして時間を潰す。すると、何を思ったのかマーケッヒ嬢が僕の方に近づいて来た。
「クラウド様!私と踊っていただけますか?」
そう言うと、僕に向かって手を差し出しにっこり微笑んだ。これはどういう事なんだ?婚約解消のショックで頭がイカレタのか?それとも、僕をからかっているのか?何が何だか分からず、固まってしまった。
僕が動かない為
「クラウド様、私ではお嫌ですか?」
と、物凄く可愛い顔で見つめられた。はっきり言って、マーケッヒ嬢は物凄く美人だ。多分、貴族の中でもベスト3に入るぐらい美しい。そんな女性に見つめられるなんて、恥ずかしくてたまらない。そもそも、こんなに美しい女性が、呪われた僕なんかと踊ってはいけない。
そう伝えたのだが、名前で呼んで欲しいと言われた上、婚約を解消しているのだから問題ないと言い切った。そんなミレニア嬢に手を引かれて、ホールの中心まで連れてこられた。初めて触れる人の温もり。人の肌はこんなにも柔らかくて、温かいものなのか…
音楽に乗って踊りだす。僕の様な人間がミレニア嬢に触れて良い訳がない、そう思って手を浮かせていたのに、ミレニア嬢に手を腰に当てるのがマナーと言われ、慌てて腰に触れた。やはりミレニア嬢の体は柔らかい。そう思ったら、一気に体が熱くなった。その後、3曲も一緒に踊った。正直僕にとって夢の様な時間だった。
きっとこれは夢だろう、そう思っていたのだが、なんとお昼も一緒に食べる事になった。僕がパンの耳しか持っていないと分かると、そのパンの耳と自分のお弁当のおかずで、アレンジ料理を作ってくれた。
それを2人で一緒に食べた。誰かと食事をするのは初めてだ。それにしても、この料理は今まで食べたことが無いくらい物凄く美味しかった。最初は第一王子派に頼まれて毒でも入れているのかとも思ったが、どうやらそうではなかった様だ。
食後、ミレニア嬢から
「明日からも一緒にお昼をご一緒してもよろしいかしら?」
と、物凄く嬉しい提案をしてくれた。正直僕もミレニア嬢と一緒にお昼を食べたい。こんな風に、僕に接してくれた人は初めてだから。それにミレニア嬢と一緒にいると、今までに感じた事のない温かい気持ちになる。
でも僕といる事で、彼女が不幸になったら…そうだ、僕は呪われた人間なんだ!僕に初めて優しくしてくれた人を、傷つける訳にはいかない!
そんな思いから
「それは止めた方がいいよ。君も知っているだろう。僕は“呪われた人間”なんだ。僕のこの黒い髪は呪われている証。だから、僕と一緒に居ると、君まで不幸になるよ」
そう伝えた。今日は僕にとって、今までの人生で一番幸せな日だ。初めて人の温もりに触れる事が出来た。きっとこの思い出だけで、これからも生きていける。そう自分に言い聞かせた。
でも彼女ははっきりと“あなたは呪われた人間ではない”そう言い切ったのだ。さらに僕の黒髪を美しいと言ってくれた。今まで大っ嫌いだった黒髪。この髪のせいで、ずっと孤独だった。
そんな僕の髪を褒められたら、感情が一気に溢れ出した。溢れる涙を止める事が出来ず、初めて人前で泣いた。男なのに泣くなんて格好悪いよな。そう思っていたのだが、彼女は何を思ったのか僕を抱きしめたのだ。
彼女の腕の中は温かくて心地よい。夢にまで見た人の温もりを、今僕は存分に感じている。そう思ったら、さらに涙が溢れる。しばらく泣いた後、さすがに落ち着いた。気持ちが落ち着いたら、急に恥ずかしくなってきた。
それでつい
「あの…僕が泣いた事、誰にも言わないで欲しいんだ」
そう彼女に伝えた。
「ええ、もちろん誰にも言いませんわ!」
そう言ってにっこりとほほ笑んだ。その笑顔が美しいのなんのって。まるで聖母マリア様の様だ!本当に、彼女は一体何なんだろう…
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