賽は投げられた。どうしようもなく
「それにしてもどうしたらいいんだろうな~」
バイト帰りの道すがら、自然にポツリと呟いてしまった。
菅居に宣言したとはいえ、どうやって先輩を説得するかは思いつけずにいた。
とはいえ自ら言った以上はそうしなければならない。 果たして先輩はそうしてくれるのだろうか?
そもそもそれ以上に先輩とまず出会うことを考えなければいけないのだ。
なぜなら僕は先輩と連絡を取る方法がない。 メルアドも電話番号も知らないのだから当然だ。
「また、フラリとやってこないかな~」
まさしく運任せ。 先輩の訪問を嫌がりながらも今だけはそれを望んでいる。
ふとそんな状況に笑ってしまいそうになる。
でもそれ以上に決意は強くなっていた。
消極的に来訪を望むよりも、こうなったら開き直って大学で先輩を探してみようか? それでも見つからないのなら先輩の連絡先を知る人を探すのもいいかもしれない。
ただそれは僕と先輩の関係をより強調することにはなるだろう。
それでもそうしなければいけないのだ。
僕もまた菅居と同じ気持ちだ。 もはや耐えられない。
先輩と出会ってからずっと振り回され続けていることで、守口先輩とも知り合った。 菅居の気持ちと悩みを知ることが出来た。
そして塚原沙優子という自分とはまったく違う異質な人間と出会えた。
良くも悪くも先輩は強烈であるので僕自身が何らかの刺激を与えてもらったのは事実だ。
劇薬のような存在なあの人。 少なくとも出会う以前と以後で僕の生活は一変してしまった。
だからこそいつまでも僕は先輩に流されていることに耐えられなくなっている。
いい加減、僕は僕自身で行動を起こさなければいけないのだろう。
僕は平凡で、消極的な人間だ。 物語の中のその他大勢のモブのようではあるけれど、それでも僕の人生は僕だけのモノだ。
人と人。 互いに影響しあうのが人生だろう。 それでもどこかのタイミングで取捨選択して自身の人生を決定していかなければいけないはずだ。
そしてそれが今なのだと僕は思う。
もちろん、それだけではなくて守口先輩や菅居のことも考えればこのまま、あの人の良いようにされているわけにもいかない。
先輩に一矢報いたいという気持ちもある。
そもそも僕と先輩の関係はなんだろうか?
曖昧にしていたけれど友人ではない。 ましてや恋人でもないのだ。
気後ればかりせずに僕は僕でやはり先輩と向き合わなければいけない。
その結果がどうなろうとしても…だ。
そしてそれを試すようにその人はそこにいた。
貧相な廊下の電灯の下でさえ、頬を紅潮させた先輩はフニャリとした物言いで、
「おかえり~、勝手に待ってたよ」
と言って手に提げたビニール袋を掲げる。 そしてもちろんその中には酒が入っているのが見える。
「ああ、ちょうど良かったですね、先輩」
真っ直ぐ自身を見つめる僕に彼女は少し不思議そうに小首を傾げていた。
「なるほどね…話はわかったわ」
四度目の訪問。 すっかりと慣れているであろう僕の部屋で酒を傾けつつ、先輩は言った。
「はい…そうしてくれませんか?」
僕も僕で、決意が揺るがないタイミングでやってきた先輩に真剣に話を切り出していた。
熱っぽく話す僕を先輩は茶々も入れずに黙って聞いてはくれている。
とはいえ先輩がどういう反応をするのか? そしてそれを聞き届けてくれるかは未知で、話し終えた後に先輩が発した件の言葉は肯定とも聞き流したとも取れて、僕は真剣に先輩の次の言葉を待つ。
「その森口君?に私からまったくあなたのことは好きじゃないですって言えばいいってことでしょ?」
「そうです」
「…どうしようかな~?そんなこと言っても私にメリットなんてないしね~」
予想通り先輩は明らかに面倒くさいという表情だ。
「それでもお願いします。それに発端は先輩からでしょ…ってすいません、でも本当にお願いしたいんです」
気負いすぎたせいか、少し責める口調になっていることに気づいて、慌てて訂正しつつもなおも念を押す。
「…まあ、確かにそうではあるけど…ね」
いつもとは少し違う押しの強さに、さすがに先輩も戸惑ってはいるが、決して悪い反応ではない。
「…まあ、わかったわよ。そうして…あげる」
「…!ありがとうございます!」
気持ちが通じたことが嬉しくて、声は思ってたよりも弾んでしまった。
ただそれが気に食わなかったのか先輩の顔が一瞬だけ曇る……が、またすぐに戻って、
「ところでさ…そのお願いを聞き届けたら上原君は私に何をしてくれるの?」
「えっ?そ、それ…は」
これは予想外だった。 考えてみれば先輩がこんなようなことを言ってくるのは予測できたことだったが、そこのところをすっかりと失念していた。
どうやら思ってたよりも僕は気負いすぎていたようだ。
とはいえここまで言ってしまった以上はいまさら撤回するわけにもいかず、
「じ、自分…に出来ることなら…で、できるだけのこと…は」
歯切れ悪くもそう答える僕に先輩は口角を上げる。 意地の悪い笑みだ。
「で、出来る範囲ですからね!」
だから先ほどの気負いはどこに行った? と言われそうな及び腰な物言いになってしまう。
しまった。 もしかしたら先輩に体よく逃げられる余地をつくってしまったかもしれない!
内心、慌てている僕の反応を楽しそうに薄笑する先輩のお願いは不可思議な代物だった。
「別に無理なことを言うつもりはないわ…そうね~、それじゃ上原君、私から逃げないこと…約束できる?」
逃げないこと? どういうことだろう? その真意はわからない。
でもそれはある意味僕自身にとってもある種の戒めになるかもしれない。
先輩から逃げない。 つまりは今までのように曖昧な関係にはせずに塚原先輩と向き合うという意味で取るのなら僕の決意と先輩の願いは一致している。
「…わ、わかりました」
「そう…それじゃ約束ね…はい、指出して」
そう言って先輩は小指を出す。 僕も同じように。 そして僕達は指切りをした。
つまりはお互いに同意をしたということだ。
「さてさて、それじゃ今日はここで帰るね、明日大学に行くのなら早めに寝ないとだしね」
「わ、わかり…ました」
正直、拍子抜けしてしまった。 いくら無理なことは言わないと先輩は言ったけれどそれはあくまで先輩目線の話で、僕からしたら無理目なことを言われる可能性も考えていたからだ。
たとえば今日は抱いてくれる? とか私の誘いを断らないとか。
「ああ、なんか気構えてるけど、酒に付き合えとかセックスしろとかは言わないからね?乗り気じゃないことをさせても楽しくないもの…もしかして残念だった?」
「そ、そんなこと…な、ないですよ…ハハッ…」
こちらの懸念をあっさりと言い当てて、悪戯っぽく笑う先輩に引きつりながらも答える。
それが楽しかったのか、先輩は嬉しそうに玄関へと向かう。 見送ろうと同じく立ち上がった僕の前で先輩はふと立ち止まり、振り返ると、
「ねえ、上原君…約束、忘れちゃだめだからね?」
「は、はい…わかりました」
朗らかな笑いの中で有無を言わさない声。 それに気圧されながらも僕は肯定する。
「それじゃ…また明日…昼過ぎに学食で会いましょう」
それだけ言うと先輩はもうこちらを見ずに出て行った。
玄関が閉まった後の静寂の中、もしかしたら僕は間違った選択をしたかも知れないという不安を振り払うため残っている酒を一気に飲み干した。
賽は投げられた。 もうどうしたって後戻りは出来ないのだ。
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