光の中で

 周囲全てが光に包まれた空間の中で、アラトは目を覚ました。

 何故土にめり込んだはずの自分がこんなところにいるのか理解できずに困惑していると、後ろから声をかけられた。


「あなた、何者?」

 光の中でキラキラと輝く長い銀髪。


 そしてそれに負けじと美しい色で光る瞳が、アラトのことを貫くように睨んでいる。

 すらりとした体に学校指定のジャージを纏ったその少女は間違いなくアストラマン・宇喜田うるちだった。


「俺は……俺だよ」

「常人が私に踏みつぶされて無事でいられる訳が無い」

「いや、もしかしたらここは天国かもしれない」

「ここはあなた達がアストラマンと呼んでいるスーツの中」


 視線を逸らしながら話をはぐらかそうとするアラトにも構わず、うるちは多少イラついたように言葉を続けた。


「あなた、怪獣でしょう」

「分かってて聞くのは……野暮と言うか何と言うか」


 アラトの回答は、暗に肯定を示していた。それを聞いたうるちはようやく釈然としたように、いつもの無表情でぽつぽつと喋り始めた。


「だから私に踏まれても平気だった。私があなたから感じていた気配も、ミーではなくあなたのものだった。あなたは、どういう怪獣?」

「どういうって……ただちょっと体が丈夫なだけだよ。力が強くなったりもしてないし、運動不足でスタミナは落ちてるし、相変わらず胃腸は弱い。怪獣らしいところと言えば、怪我をしない、しても大したことにならない、すぐに治る。これだけ」


 アラトが自分の体の変化に気が付いたのは、高校入学直前の春休みのある日だった。

 いつものように夕食の準備をしていたアラトは、誤って足元に包丁を落としてしまった。


 切っ先が下を向いた状態で落ちていった包丁は、アラトの足の甲に深々と突き刺さった……はずだった。


 しかし包丁は足の表面で弾かれ、地面に転がった。

 アラトは確かに足に包丁が当たる衝撃を感じたのに、痛みは全くない。

 しかしそこに切っ先が触れた証拠として軽い切り傷が出来て、少し血が出ていた。


 そしてその傷は、とりあえず傷口を洗おうとしていたアラトの目の前で見る見るうちにふさがっていった。

 アラトはゾッとしつつも、これがどういうことかを確認せずにはいられなかった。

 そして何度か自らの体に法量を突き立てて実験してみたところ、怪我をしない、してもすぐに治ることが確認できた。


 当然、アラトは元からこんな体質だったわけではない。

 むしろ子供のころなどは外で遊んでいてよく怪我をして帰って来るタイプだった。

 中学時代にはよくバレー部であざを作っていたし、捻挫と脱臼も何度か経験している。


 つまるところ、これは突然変異だった。


「見た目の変化は特にないみたいだけど……おそらくそれは怪獣化」

「分かってるよ、改めて言われなくても」


 あまり思い出したくないことを思い出したアラトは、うるちに負けず劣らずの無愛想で答える。宇宙人もさすがに察したのか、それ以上は何も言わず、何もない光で包まれた空間に、気まずい沈黙が漂った。


「し、しかしまさか宇喜田さんがアストラマンに変身していたとは!」

「最初から宇宙人だと言っていたのに。それに、あれは変身じゃない」

「え、そうなの!?」

「あれはアストロスーツを纏っているだけ。私の体が実際に大きくなっているわけではないし、見た目が変わっている訳でもない」

「じゃあ……ロボットに乗り込んでるみたいな?」

「そこまで感覚が乖離してもいない。一体化しているから、むしろ鎧を着ているのに近い」

「そ、そうなのか……」

「あなたのおかげで、ただでさえエネルギーが枯渇していたスーツが故障してしまったけれど。多分、私はしばらく戦えない」


 うるちは、今までに見たことが無いほど表情を変えて明らかな不機嫌を示した。

 しかし、今のアラトにはそんなことを気にする暇も無い。


「それはすいません……ミーを助けるのに必死で……って、そうだミーは!?」

「あそこで寝ている」

 うるちが指した方へとアラトが目を向けると、今まで何もないと思っていたところに怪獣化したミーが静かに横たわっていた。


「ミィィィィィィィ―――――――――――!!!!!?????」

「大丈夫、死んではいないから。ただ光と衝撃で気絶しているだけ」


 アラトの若干かすれた悲鳴に、うるちが淡々と答えた。

 言われてみれば、ミーの体は呼吸をするように一定のリズムでゆっくり上下している。

 一安心したアラトは、改めて周囲を見回した。


「そうだ、ジュンキ!」

「スミキならこっちに」

「おうっ!?」


 振り向くと、うるちの足元に、気を失ったままのジュンキが横たわっていた。


「あのままあそこに置いておくのは危険だから、避難させた」

「あ、ああ、ありがとう」


 安心はできたが、さっきまでうるちの周りには誰もいなかったような……と余計なことが気になってしまう。

 そういえば、こんなに大きいミーにも、全く気が付かなった。

 ここはそういう不思議な空間なんだと、無理やり自分を納得させた。


「それで……ここは一体?」

「あなたが壊したアストロスーツの中」

「……うぇ? いや、あのサイズのミーがスッポリ入ってるんですけど」

「アストロスーツは光の粒子で構成されている。今は形を大幅に変えてこの空間を形成している。」

「は?」

「あなたとあの子を包んで、上空千五百メートルに避難して来た」

「千五百!?」


 とんでもない高さにヒヤッとするが、何がどうなっているのかはまだ少し理解が及ばない。


「なんか、イマイチどういうことか分からないんだけど」

「出来るだけ分かりやすい言葉を選んだつもりだったのだけれど」


 アラトは、とりあえず宇宙人の技術的なファンタジーだということにしておいて考えるのをやめた。

 どうせ、考えたところで仕方がない。


「まさか宇喜田さんがアストラマンだとはなあ。ミーが巨大化するし、正体ばれちゃうし。クリスマスなのに散々すぎるってまったく」

 投げやりにぼやくアラトを、彼女はただ黙ってじっと見つめていた。


「じゃあまあ、一思いにやってくれ。後のことは頼むよ」

「本気?」

「怪獣はいつ凶暴化するか分からないから、危険なんだろ?」


 うるちがアストラマンなら、怪獣である自分のことを見逃す理由が無い。

 何度もジュンキ達に怪獣は危険だと言い続けていたのだから、アラトのことも同じように考えてしかるべきだ。

 それに、アラトももう自分の正体がバレないか、いつか心まで怪獣になって身近な人を襲わないか怯えずに済む。


 しかし、自分の運命が決まった今、両親に、ジュンキとヒロにお別れが言えないのだけが心残りだった。

 どうせすぐに消えるのならば、もう彼らを拒む必要は無い。

 押し切られるような形で一緒にはいたが、結局心を開くことはできなかった。

 ……いや、そうでもないか?


 これから自分と運命を共にする飼い猫に目を向け、その場にごろんと寝ころんだ。


「でも、あなたにスーツを壊されてしまったから、私には怪獣を倒す手段が無い」

「え?」

「誰かを頼ろうにも、あなたには正体を知られてしまっているから。周囲に吹聴されたら私も困る」

「いや別に俺はそんなことしないけど」

「ともかく、弱みを握られていることだし、今の私にはすぐにあなたをどうこうすることはできない」

「いや別にそんなことは無いんじゃ……」

「……この国には察するという言葉がある」


 うるちにぴしゃりと言われ、アラトはようやくその真意を悟った。

 つまりうるちはアラトを見逃すと言っているらしい。


「正義の味方だろ? いいのかそんなことして」

「スーツが壊れてしまっては仕方ない。それに、あなたがいなくなるとスミキが悲しむ」


 もしかしたら、彼女もジュンキに情が湧いているのかもしれない。

 ただの冷酷な宇宙人ではないということか。


「それに、私は正義の味方じゃない。ただ自分勝手に怪獣を倒しているだけ」

 少しムッとするような表情でうるちが拗ねたように言う。

 何故か今のうるちはいつもの能面面ではなく、少しではあるが表情が色々に変わっていて、新鮮だった。


「あー、でも、スーツ壊れちゃったんだっけ……なんかごめんなさい……」

「気にしなくていい。しばらく置いておいたら自動で修復される。それに、地球の人々はちゃんと自分たちで怪獣と戦える」


 そう言いながら、ミーの方を見つめるうるちの目には、慈しむような色が宿る。

 アラトの脳裏には、巨大化したエコアースの姿が浮かぶ。


 あれは多分自衛軍が新しく開発したスーパーロボットだろう。

 さっきはミーにあっさり倒されていたが、あれがきちんと実用化されれば、確かにアストラマンは必要なくなるかもしれない。


「なんで宇喜田さんは怪獣と戦ってるの?」


 アラトは寝転がったまま何気なく、そんなことを訪ねてみた。


「私たちの母星は怪獣によって滅んだ。脱出した生き残りたちは次に自分たちが住むべき星を探して宇宙を彷徨い、その過程で色々な星の文明と接触している。どこに行ってもある程度進んだ文明は怪獣に悩まされているから、そういう星では母星の技術を使って怪獣を倒すことで友好関係を築くの」

「なんか規模がでかい話だな……」

「地球は四十八番目に接触した星。私が派遣される先としては三番目。けれどこの星は宇宙人に対する警戒心が強いから、直接話をするかはもう少し慎重に決める」


 アラトにはよくわからなかったが、アストラマンの謎が少し解明されたような気がした。

 アラトは体を起こし、倒れたままのミーに向かってゆっくり足を進める。


 アストラマンに頼らずに赤糸市の大怪獣が倒されるのは、何ヵ月ぶりだろう。

 その第一号として犠牲になる飼い猫を見ていると、鼻の頭がジンと熱くなった。


「なんとかならねえかなあ」

 そう言いながらアラトがミーの頭を軽く撫でた瞬間、その巨大な体がいきなり崩れ出した。


「え? え? え?」

「離れて!」

「いや無理がぼぉっ!?」


 アラトは、怪獣の体を構成していた黒い粒子に飲み込まれ、その中に溺れていった。

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