空を行く
地球産ナルテプとは、アストラマンが心の中で彼の母親につけた名前である。
恐らく今の彼の姿にも同じような命名がされるのであろうが、彼自身はそんなこと知る由も無い。もちろん、彼の飼い主たちも。
彼は、飼い主たちからミーと呼ばれていた。
生後五ヵ月にも満たない仔猫である。
母親は怪獣であり、ついこの間アストラマンによって倒された。
直接それを見たミーにもそのことは薄々分かっている。
一ヵ月と少し前、彼はジュンキに拾われ、それからはアラトの家で飼われることになった。
今ではジュンキとアラトによく懐いているが、それより前は人間に対して強い警戒心を持っていた。
そんな風に人間を警戒するようになった原因はうっすらとしか覚えていない。
ただ、人間が母のいない住処にやって来て、自分と兄弟を無理矢理捕まえたこと、自分だけがなんとか逃げ切ったことはなんとなく思い出せる。
マンションの窓から飛び出し、巨大化した自分の体に戸惑いながらも、ミーは空中に体を浮かべた。方法は最初から知っているようだった。
マンションの近く、初めてジュンキと出会った場所をチラリと見てから、自分の体にくっついてきた二人を大事に両手で包み込む。
手の形も大きく変わってしまったが、思うように動かすことが出来る。
そして、ここ数日間ずっと見ていた場所、ずっと感じていた何かに向かって、空中を駆け出した。
十分程度の空の旅は、それなりに快適に終わった。
空中を水平移動するミーは、アラト達が怖がる度に落ちないよう手を添えたり、風から守ったりしてくれていて、巨大化しているというのに怪獣とともにいるという感覚が全く無かった。
それでも、地上から時々聞こえてくる悲鳴やサイレンの音にはどうしても不安になるが。
何せこの前あんなことがあったばかりだ。
自衛軍が出てきたらどうなるか分かったものではない。
しかしそんな不安も、ミーが地上に降り立った時点で吹き飛んだ。
そこは、ミーの母親が最初に出現したと思われる住宅街の跡だった。
瓦礫の山と化したその場所は未だに手が回っておらず、周囲は見渡す限り無人だった。
コンクリート製の建物が立ち並ぶ街中に、理不尽に作られた荒野。その中にあって、アラトは顔をしかめずにはいられなかった。
空を飛んでいる間に、方向を確認してここに来るのではないかと予測したが、見事に当たってしまった。
ヒロとうるちに、現在とと状況を知らせるメッセージを送信しておく。
それぞれ部活や用事が終わった時にでも確認してくれるだろう。
その上でどうすればいいのかはアラトにも分からないが。
「ミーは、最初ここにいたのかな」
「え?」
「だってさ! この前の怪獣がミーのお母さんだったとしたら、最初にここに出てきたのは、元々ここにいたからじゃないかなって! だから、えっと……」
ジュンキの言うように、ここにミーと、その母親の住処があったのだとしたら、ミーがここにやってきた理由もなんとなくわかる。
しかし、直接それを聞いてみることも出来ない。
「さて、これからどうする? 大分大勢の人に見られたろうし、そろそろ自衛軍が……」
そこまでアラトが言いかけたところで、自衛軍の戦闘機が飛んでくるのが遠くに見えた。
「まずい! もう来てる! とりあえず逃げろ!」
二人が咄嗟にミーの足元にしがみつくと、ミーは二人の体を両手で優しく持ち上げ、再度空中に飛び上がった。
今度は、さっきとは比べ物にならないスピードで一直線に、戦闘機と反対側へ飛んでいく。
相当強い向かい風が吹いているはずだが、しっかり守られたミーの掌の上では、何の障害にもならなかった。
ミーは戦闘機と一定の距離を保ったまま、赤糸市の北に向かって飛び続ける。
夕暮れ時だったからか、五分、十分と飛んでいるうちに辺りがどんどん暗くなってきた。
そのころには既に街を抜け、眼下には木々の生い茂る山が広がっていた。
赤糸市は日本有数の大都市であるが、その発展の過程ゆえ、大都市としての歴史が浅い。
そのため街の中心部以外はまだまだ開発が進んでいない山などがそこかしこに残っている。
赤糸駅前のビル街から三十分も車を走らせるとのどかな田んぼに行きつく辺りはそこらの地方都市と大して変わりない。
ミーは徐々に高度を落とし、その木々の中に降り立つ。
追いついてきた戦闘機は、木に阻まれて睡眠弾を撃ちにくいのか、上空をぐるぐると旋回し。
「この間みたいにミサイル撃ってきたりしないよな?」
「さすがにないと思うけど……逃げ場も無いよね」
自衛軍の大怪獣討伐率は、アストラマンが倒したものを除けば百パーセントになる。
以前のミーの母親のような小怪獣であれば逃げられることも稀にあるようだが、そんな場合も大体後で見つかって駆除されてしまう。
なんにせよ、巨大化してしまったミーは既に絶対絶命である。
今のところ夜の闇と生い茂る木々のおかげで膠着した状況になっているが、ここからミーを逃がすのは至難の業だ。
加えて言えば、怪獣とともに行動して居所が見つかればアラト達も危うい立場だが、ミーの生命がかかっているために、二人はまだ気が付いていない。
「戦闘機、来ないな……」
「確か山に怪獣が出てきたときはスーパーロボット使うんでしょ?」
「ああ、あの残念ロボット。でも赤糸に無かっただろあれ」
スーパーロボットの見た目が残念、というのは日本男児全員が抱いている思いである。
「もしかしたら、どこかから持ってくるかも?」
「いやまさか……大体それより前にアストラマン来るだろ」
「そっか……どうしよう……」
「下手したらここで朝まで粘るかもしれないけどな……。ミー、お前地中にもぐって逃げたりできないのか?」
アラトの無茶ぶりの意味が理解できたのか、木々の間に胡坐をかくようにしていたミーが、力無くうなだれた。
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