救出作戦
アラトは走っていた。
ヒロに追い付くためではない。
一つの命を救うために。
ヒロに連絡を入れておこうとして、すぐに思いなおす。
今は一刻を争う。
ヒロは自分のことを探しているだろうか。
それとも、一人で走って行ったか?
怪獣の接近にはまだもう少し余裕がある。早めに終わらせて合流するしかない。
「家はこっちでいいのか!? なあ!?」
泣きながらアラトの後を追いかけて走っている女の子は、このあたりに住んでいるらしい。
怪獣の出現で避難しようとした母親が階段から落ちてしまい、足を怪我して動けなくなっているらしく、助けを求めるために家を出てきていた。
しかし大人も子供も関係なく、人々は怪獣から逃げることに必死で、助けるどころかこの子が鳴いていることにすら気付かず、途方に暮れていたところで、アラトが声をかけたのだった。
お父さんはと尋ねても首を振るばかりだ。
走りながらもずっと泣き続けている少女の姿に、こんな時ジュンキがいればと思う。
子供好きなジュンキなら、きっとこの子の気分を落ち着かせてやることもできただろうが、そんなことを気にしてもいられない。
そこまで考えたところで、アラトは手に持っていた携帯端末を見た。先ほどからジュンキの声がしないと思ったら、圏外の文字が表示されている。
街中で圏外になるなんて、まるで地震だ。
いかに大怪獣とはいえ、地震ほどの被害は出ていないが、明確な姿を持ち徐々に迫ってくる様は、ある意味地震よりも恐ろしいかもしれない。
考えてみれば、あの時だれか適当な大人に声をかけておけばよかったのだ。
丸投げはしないにしても、手伝ってもらうことだってできたはずなのに。
そんなアラトの考えは、上空から聞こえてきた爆発音によって遮られた。
見上げると同時に、かなり近くまで迫っていた怪獣の体が炎と煙に包まれ、二つ目の爆音が鳴り響く。
上空から叩きつけるように降ってくる突風をこらえながら見上げると、花火のような灯り。ミサイルだ。あまりに手に負えない大怪獣に自衛軍がとうとうミサイルを持ち出してきたのだ。
気が付けば、辺りに逃げ惑う人の姿は無い。
ここら一帯は既に避難が完了し、人がいないと思われているのではないか。
「こっちだ!」
アラトは咄嗟に少女を抱き寄せ、覆いかぶさるように地面に伏せた。
再びの爆風とともに、小石や紙切れが飛んできては、アラトの背中に激しくぶつかって来た。
「家はどこ!? この近く!?」
「あそこの、黄色いおうち……」
小さな指で示された家を確認し、その家へと一歩踏み出しかけたところで、アラトの足が止まった。
この子はどうする?
家の中に入ってこの子の母親を助け出すとして、足を怪我しているなら肩を貸すか背負うか、いずれにしても同じようにこの子を庇うことはできない。
だからと言って一人だけ先に逃がすなんてもってのほかだ。
第一どこに逃げていいかも分からないだろう。
思っていたより怪獣も近い。今一人で動けば、この子は爆発に巻き込まれて……。
アラトが思考の波にのまれ、動けなくなっていたその時。
「ここにいたのか!」
聞き慣れた声が、すぐ後ろで響いた。
「ヒロ!」
「その子、どうしたんだよ……」
「この子の母親があの家の中にいるんだ!足を怪我してる! 頼むヒロ! この子を安全な場所に!」
「待て、アラト!!」
言葉が上手く出てこないアラトの説明から、的確に状況を把握したらしいヒロは、アラトをなだめ、布の中にくるまれたミーを渡しながら、静かに言った。
「家の中には俺が行く。作戦はいったん中止だ。その子と母親を無事に安全な場所へ連れて行くぞ!」
言うが早いか、ヒロはさっきアラトが指した家の玄関へと走っていった。
そこでようやくアラトも腹を括り、右腕にミーを抱え、左手で少女の手を引っ張ってヒロが向かったのとは反対側、今来た方向へと戻るように走りだした。
しかしようやく踏み出されたその足は、背後に迫って来た異様な気配によってすぐに止められてしまった。
それなりに規模の大きい赤糸市は、夜でも住宅街や店舗から漏れる灯りで外が照らされ、街中の路上はとても明るい。
しかし今日に限っては建物から人が消えたこと、各所で電線が切れたことなどが原因で、照明の光はほとんど消えていた。
だが、街はまだ異様に明るかった。
各所で起きている火災が、その主な原因だった。
さっきまでは、アラト達の前にはうっすらと自分の影が見えていたのだが。
気が付けば影は消え、辺りが急に暗くなった。
そういえば、さっきからミサイルの音も、戦闘機が飛ぶ音すらも聞こえない。
辺りが一瞬の静寂に包まれたその瞬間。
何かとてつもなく大きな重量を持ったものが落下し、爆発するような音が辺り一帯に響き渡った。
アラトから見て右前方。
音がした方向からは新たに火の手が上がり、地面を揺らす衝撃が伝わってきた。
どれくらいの間膠着していたろうか、アラトがゆっくりと、背後の巨大な気配を確かめるべく振り返ると、そこには。
マンションの窓から遠目に、ニュースの映像の中に、走りながら上空に、さっきからずっと見続けていた巨大な、二足歩行の猫の姿がそこにあった。
闇の中でもはっきりと浮かび上がった、黒目の見えない鋭い目。すらりとした体躯に、しなやかな四肢。
はっきりとした輪郭を持った、黒っぽく見える体の中で、左の脇腹を中心に、赤い模様がうねうねと広がっている。
そして、遠くからでは確認できなかったが、細長いしっぽが二本、巨体の後ろでゆらゆらと揺れていた。
今までずっと空にいた大怪獣は、初めてその二足をぴったりとつけた状態でアスファルトの地面に置き、体の中に芯が一本通ったように真っ直ぐ立っていた。
間違いない、こいつはあの時、自衛軍のテントで会った猫の小怪獣だ。
近くで見るとやや細長い体形をしているが、細い手足の形も相まって、鋭さを感じさせる。
気が付けば、さっきまでミサイルを売っていた戦闘機が、辺りに一機もいなくなっていた。
すべて、この怪獣によって撃ち落とされたのだ。
すると、さっきの何かが落ちたような衝撃は、最後の一機が……。
グルロロ……と低く喉を鳴らす音が頭上から響く。
咄嗟にその場から逃げ出そうとしたアラトは、怪獣が立っている場所が、今ちょうどヒロが入っていった少女の家の真ん前だということに気付き足を止める。
まずい、何もしなければ、みんな死ぬ。
だがどうしていいか分からない。思考が追い付かない。
胃がひっくり返るような感覚に襲われ、意識が遠のきそうになる。
怪獣がおもむろに手を振り上げた。
まずい、アレが来る。
住宅街を破壊し、自衛軍の戦闘機を撃ち落としたあの爆発が!
今から逃げても助からない!
アラトがまた少女を抱き寄せ、さっきと同じように庇おうとしたその瞬間。
怪獣の足元から光の柱が立ち上り、怪獣は動きを止め、そのまま後方へ飛び退いたかと思うと、素早く宙に逃れた。
先ほどまで怪獣がいた場所には宇宙飛行士のような姿の巨人が立ち、上空の怪獣に向かってファイティングポーズを取っていた。
猫怪獣の方では、アストラマンを警戒してか、より上空へとじりじり後退して行き、それを追って巨人が地面を蹴って飛び上がった。
「と、飛んでる!?」
アストラマンはそのまま空中にとどまり、周囲に被害の出る心配の無い空中で、派手な大立ち回りを演じる。
巨人の大ぶりな蹴りを左腕で受け止めた猫怪獣は、もう一方の手を前方に突き出し、宇宙飛行士の鏡面ヘルメットに向けて爆発を起こした。
顔を爆破されたアストラマンは一瞬怯んだが、後方へ仰け反った頭を勢いよく前に突き出し、渾身の頭突きを食らわせた。
「……そうだ! ヒロ!」
ひとまずの危険が去り、アラトは先程ヒロが入っていった家へと目を向けた。
少女の手を引きながら門をくぐり玄関を開けると、そこには誰の姿も見えなかった。
「お母さんがいたのって家の中のどこ!?」
「あの階段のところ……」
少女が指した先、玄関からギリギリ見えるかどうかのところに階段があった。
しかし、そこに人影は無い。
アラトは一瞬逡巡したが、玄関から外の様子をチラリと見て怪獣と巨人が遠く上空へ移動したことを確認すると、腹を決めて少女に告げた。
「よし、お母さん探そう」
その言葉に、少女は涙を流しながらも力強くうなずいた。
さっきのゴタゴタの間に上手く逃げていたならそれでいい。
しかし、一旦どこかに移動して、そこで動けなくなっていたとしたら?
今もなお助けを求めているとしたら?
そう考えると、ただちにこの家から逃げるなんてことは、アラトにはできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます