危機感

 ここは、日本有数の怪獣都市、赤糸市。


 この街には二十年前から怪獣が出現している。

 少なくとも月に一回、多ければ二週間に一回発生する災害に、人々は慣れ切ってしまっている。

 しかし日本中、あるいは世界中に目を向ければ、それは明らかに異常なことだった。


 日本全国で怪獣が出るのが当たり前になったのは十年前。

 そして、同じ場所に怪獣が発生するのはせいぜい半年に一度。

 しかも、大怪獣にまでなるのは十回に一回以下である。


 赤糸市は、国から怪獣都市として指定され、街から出ていくときには助成金が出される。

 もちろんそれで街から出ていく人はいるが、この街の人口は一定に保たれ、むしろ少しずつ増加さえしている。


 理由の一つには、アラト達のように怪獣に慣れてしまっていることがある。

 対怪獣自衛軍の尽力により怪獣による被害ほぼ無く、なんなら交通事故の方が多くの死傷者を出している。


 最近ではアストラマンが出てきたことにより、被害は更に軽減されている。

 一般市民も、怪獣が出現した場合どうすればいいかはもう十分わかっているので、特に焦ることも無く簡単に対応が出来てしまう。


 建物が壊れた場合は市や国からの補填があるために、老朽化した施設を建て替えるいい機会だという人も稀にだがいる。

 そして、もう一つ。何より、赤糸市が人口の多い大都市であることも人口が減らない理由として大きい。


 人口が多い場所には当然人工物が増え、自然が淘汰される。

 言い換えれば人間の手によって環境が大きく変化させられる。

 それは、怪獣が発生する最も大きな原因になる。


 しかし人口が多い場所はそれだけ交通の便もよくなり、様々な店やオフィスが集まることとなる。

 たまに出て来る大した影響のない怪獣のために、便利な日常生活を棄てることはできない。


 それに人々はどこか諦めているのだ。

 たとえこの街を棄てて住民や会社が他の土地に移ったところで、新しく人口の集中する場所が出来れば数年もしないうちに、そこが新しい「怪獣都市」となる。三十年前から三度同じようなことを繰り返し、人々はこの事実を学んできている。


 小学校の社会の時間に行った「私の街調べ」で、赤糸市がそうしてできた街だということを、アラトは知った。


「キタちゃん……」

 いつもは騒がしいジュンキの声が、この時ばかりは嫌に静かだった。


 すぐ後ろで上がったその声の方に、何故かアラトは視線を向けることが出来なかった。


「怪獣は、確かに怖いよ」

 それは、意外な一言だった。


 アラトはピクリとも動けなくなり、周囲を見ることもできない。

 ジュンキは、みんなはどんな顔をしている? 

 ジュンキの尋常ではない様子にアラトは狼狽したが、次の瞬間またいつもの騒がしいジュンキの声が戻ってきた。


「でも! 怖いのは襲ってくる怪獣だけだから!」

 すぐ後ろから放たれた音の圧に押され、アラトは前のめりに倒れそうになった。


「怪獣だから怖いとか、悪いとかじゃなくてね。ミーもちゃんと育ててあげれば、良い怪獣になると思うんだ」

「……意思の疎通が取れない以上、いつ本能で襲ってくるかは分からない」

「それはそうだけど……でも、ちゃんと大切にしてあげれば気持ちは伝わるよ! 怪獣かどうかは関係ない!!」


 最後の方は熱が入ったのか、声量がかなり大きく、早口にもなっていた。

 アラトは、音の圧に押し潰されて力無く床に横たわりながらも、内心で喜んでいた。


 やっぱりジュンキはジュンキだ。

 息を荒げて少し頬を紅潮させている横顔を、頼もしく、そして少し誇らしく思う。


 床に這いつくばりながらヒロの方をチラリと見ると、やはりヒロもあおむけに倒れながら笑っていた。


「私は、出来れば怪獣とも仲良くしたい」

「街を破壊するような怪獣とも?」

「それはっ……壊すとかは出来れば我慢して頂いて……」

「ぶはっ!!」


 ジュンキの言葉を聞いた途端、ヒロが横になったままで噴き出した。


「どう?宇喜田さん、これなら大丈夫そうだろ?」

「……そうね。ごめんなさい、また嫌なことを言ってしまって」

「え? う、うん……え?」


 笑顔で起き上がったヒロと、急に態度が変わったうるちに、ジュンキは少し顔を赤くしたまま戸惑っていた。

 アラトも寝転がった状態で困惑していたが、少し考えたところで合点がいった。


「そーいうことかー……」

「まあ、うん、早く起き上がれよ」


 以前片頬を床に着けたままでヒロをじっとりと睨むアラトに、ヒロは苦笑しながら答えた。


「え? え? どういうこと!?」

「あなたたちが遊び半分に怪獣を飼おうとしてるなら、やめさせようと思った」

「大丈夫だとは言ったんだけど、宇喜田さんなりに心配してたみたいだし、それならちゃんと聞いてみたらって言っててさ」


 なるほど、ヒロはそれを先に聞いて知っていたのか。

 しかしまあいつの間にそんなに仲よくだったのだろうと思いながら、アラトもいい加減体を起こす。


「えー、そんな……。なんかちょっと恥ずかしい……」

「恥ずかしがらなくていい。良いことを言っていた」

「そう言われるともっと恥ずかしい!!」

「何故……」


 さっきよりも顔を赤くしたジュンキが何とも言えない動きで暴れまわる。

 その様子を少し怪訝そうな目で見つめるうるちに、ヒロがふと訪ねた。


「そういえば、宇喜田さんってどこから転校して来たの?」

 確かに、それはアラトも知らなかった。

 いや、ひょっとしたら誰も知らないかもしれない。本人は宇宙だなどと言い出しそうだが……。


「……とても、遠いところ」

「もしかして外国とか!? キタちゃん外国の人みたいだもんね! もしかして、怪獣もあんまりいないところ!?」

「怪獣も……人もいないところ」

「いや、名前も日本名だし日本語が怪しい訳でもないから、日本の北の方じゃないか? あっちの方は確かスーパーロボットがいるんだよなあ」


 まくしたてるようにうるちに色々と尋ねている二人を横目に、アラトは台所にお茶を取りに行くため立ち上がった。

 普段から無口なうるちは、次々と言葉を続ける二人に圧倒されてか、少し話しづらそうにしている。


 最近は家の中が賑やかなのにもずいぶん慣れた。

 以前は一人で過ごすことが当たり前だったのに、夜に一人で部屋にいるとなぜか物足りないような気分になる。


 しばらく顔を合わせていない両親は、どんな風に思っているのだろう。

 休日にもあまり帰っては来ず、連日家に友人が来ているとリビングのホワイトボードで知らせると、なんだかはよく分からないがはしゃいだような文章と、猫を早く見せろというメッセージが返ってきた。


「ねえ、アラト! 今度皆で買い物行こうよ!」

 ジュンキに呼ばれ、アラトはリビングの方へと戻る。


 怪獣を飼っているなんて、いつまで隠し通せるだろうか。

 輪の中に、入っていけるような時が来るんだろうか。

 ジュンキの声に、アラトはいつも通り答える。


「絶対やだ」

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