エコアース(再会編)
江口コアスは落ち込んでいた。
それはもうとても久しぶりに落ち込んでいた。
ここまで気分が落ちるのは学生時代以来だろうか。
自衛軍に入ってからも辛いことはたくさんあった。
怪獣対策や法律関連の知識を頭に詰め込み、体力向上と現場での実践のための訓練で体を酷使し、支給される不味い飯を何度も戻した。
しかしそれにくじけなかったからこそ、エリートとして今、デスクワークと現場での指揮に携わる今の立場を得ることが出来ているのである。
落ち込んでいる暇などはなかったのである。
しかし、今回は訳が違う。
自分の判断ミスで全く何もない家庭に突撃し、多大なる迷惑をかけてしまった。
自分一人が苦しい思いをして終わるものではない。
下手をすれば組織全体に迷惑をかけてしまうようなミスは初めてだった。
機械の問題があるからということで、今回は厳重注意程度で済んだ。
しかし何よりも辛いことは、こんな精神状態のままメカニックな装備の着ぐるみに入り、問答無用でハイテンションに振舞わなければならないことだ。
「地球の環境と平和を守るヒーロー、エコアース!エコアースをよろしくお願いいたします!!」
これは正直、なんというか、来るものがある。正直これが一番つらい。
最初に報告を聞いた時こそ舌を出して驚いていた上司が、「じゃあ今日もPR活動頑張ってきてね。こっちのことはやっとくから」と言ってきたときには殺意すら湧いた。
太良島め、絶対に許すものか。
いつかあのニヤけた面をぶん殴ってやると思いながらPR活動に励む。
正直ヤケだ。怒りを起爆剤にしている。
原案は自分が持ってきたとはいえ、今すぐにでもやめてしまいたい。
こんな活動が必要なくらいならさっさとボツにしてしまえばよかったんだ。
あの上司はきっと、代案を立てるのが面倒だからこのままで話を進めたのだろう。
仕事は出来るが、あちこちで手を抜くクセがあるのだ。
大体自分は人間が嫌いなんだ。
業務の上でどうしても必要でないなら他人となど関わりたくもない。
人当たりのいい笑顔を作るのは得意だが、そんなものはただの処世術だ。
生きていくには多少なりと他人と関わる必要があるからやっているだけ。
本心では今すぐにでも目の前から消えてほしいと思っている。
そんな自分のメンタリティーは、想像できるヒーロー像とはあまりにもかけ離れ過ぎている。
正直向いてない。
PR活動中も、頭に血が上ってよろしくないことを何度も口走ってしまったし、メインのターゲット層であるはずの子供たちにも逃げられてしまった。
いや、今後の活動を考えたら別にターゲットは子供でなくてもいいか……?
とまれ、それでも興味を持って話を聞いてくれた子はいた。
いたけれど……そういえばあの子、先日押し掛けた家の中にいたんだよな。
軽蔑されてしまったかもしれない。
しかし、あの家についてはいくつか気になっていることもある。
まず、玄関には四人分の靴があったのに、家の中には三人しかいなかった。
常に周囲の観察を怠らないコアスは、そういう小さな違和感を見逃さない。
「観察力も洞察力もあるけど、自分の周りには注意が足りてなくてドジ」とはクソ上司こと太良島からの評価だが、自分は断じてドジなどではない。
ケーブルに足を引っかけたのだって、少し焦っていただけだ。それだけだ。
それはさておき、第二の疑問。
猫を飼っているような形跡があるのに、家中を引っ掻きまわしても、どこにも猫はいなかった。
犬と違って猫を散歩させることは無いだろう。
つい最近まで飼っていたが死んだか何かした? 一時的にどこかに預けている?
皿の中に水が入っていたことを考えれば、その可能性は低いだろう。
それに、彼らの慌て様も妙だった。男子の家に女子が二人……というのはこの際置いておくとして。
何よりコアスが納得出来ないのは、M波感知器の誤作動だ。
あの後の動作チェックでも、何もない所で誤作動を起こすことはなかったので、何も関知していないのに反応だけするといった類の故障でないことは確かだと思う。
M波でなければ、装置はあの家の何に反応したというのか。
天井裏や水道管の中まで探したら、小型の怪獣が隠れ住んでいたかもしれない。
考えにくいが、怪獣を飼っているなどということも可能性としてはあったかもしれない。
今更そんなことを考えたところで意味が無いのは分かっているが、それでも頭の片隅にずっと引っかかっている。
そこまで自分の非を認めたくないのかと自分の浅ましさに気が付き、ふと目の前を通る人物へと視線をやった瞬間。
「あっ!」
「……ああっ!?」
葛藤するコアスの前に現れたのは、件の家の住人、煙野アラトであった。
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