居心地のいい空間

「ジュ……石井さん、ちょっといい?」

「ふぇ……?」


 昼休み、クラスメイト達がそれぞれに食堂に行ったり決まったメンバーで机を固め弁当を食べたりしている中。

 いつも決まって女子四人で弁当を食べているジュンキのところに、一人で早めに弁当を食べてしまったアラトが声をかけに来た。


 学校でのアラトは普段無口で、教室にいる間はほとんど自分の席で本を読み、自分から他人に声をかけることが無く、唯一話すのはヒロのみという、よく言えば孤高、悪く言えば孤立した状態にあった。


 ジュンキも最初の頃はよく話しかけてきていたが、アラトが嫌がるので教室では遠慮してくれているらしい。その分放課後付きまとわれるようにはなったのだが。

 しかし、そのアラトが今、教室で、自分からジュンキに声をかけた。


「……うあえぇいっ!?」

「えっ!? え? 何?」


 しばらく情報の処理が追い付かず動作が停止していたジュンキは、突然奇声を上げながら立ち上がり、アラトを困惑させた。

 ジュンキの友達らしい女子三人は既に慣れているらしく、別段驚く様子は無い。


 むしろアラトが話しかけてくるという状況の珍しさの方に驚いているように見える。

 彼女達より付き合いが長いはずの自分が、ジュンキの言動に未だ慣れないのは何故だろうか。


「えーーー! 何々、どうしたの? 何かお話!?」

「そうだけど、ここではなんだからちょっと……」

「了解!!」


 アラトが教室の外へ向かうよう促すと、何が嬉しいのかジュンキはにんまりと笑いながら、友人たちに「ちょっと行ってくる」と声をかけた。

 教室で昼食を取っていた他の生徒たちも何人かジュンキの奇声に反応したようで、ジュンキの友達も含めた生徒たちに見送られながら教室を出ることになってしまった。


 アラトが後ろをついて来ているジュンキの方をチラリと見ると、目がキラキラとしていて、ぶんぶんと激しく振られるしっぽが見えるようだった。

 しっぽの代わりに、高めのサイドテールが楽し気に揺れる。ここまでで特別楽しいことは何も無かった気がするのだが。


 そのまま廊下の端の方、人があまり来ないところまで移動し、アラトは話を切り出した。


「あー、今日の放課後のミーの世話だけどさ」

「うん、どしたの?」

「ちょっと元気がないみたいだから、俺一人で世話しようと思うんだよ。あんまり大人数で周りに居られてもしんどいだろうし」


 ミーは普段からあまり動かないが、今日の朝アラトが見た感じではいつもののんびりではなく、ぐったりという感じで寝ていた。

 さすがに学校を休むわけにもいかないので布団の上に乗せてやって家を出てきたのだが、さすがに心配なので今日はさっさと帰って面倒を見てやろうと思ったのだった。


 少し不安げな顔アラトが告げると、ジュンキはシュンしていた。


「そっか……」

 普段動き回っているからか、落ち込んで動きが止まると一回り小さくなったような錯覚を覚える。


 その代わり、残念な感情のオーラが体の周りに見えるようでもあった。

 アラトがどう言葉を掛けようかしばらく悩んでいると、残念オーラが心配オーラに代わった。


「でも、大丈夫なの?」

「多分……まあ本格的に具合悪そうだったらまた頼む。でもしばらくは一人で頑張ってみようと思う」


 アラトが言い終わった瞬間、目の前の少女はニヤニヤとし始めた。

 ジュンキは昔から、表情がころころと変わる。


「へー、心配してるんだ」

「そりゃまあ、仮にも飼い主だし」

「でも一人で大丈夫ー?」

「まあ慣れてきたし、大丈夫だと思うけど……」

「へ~~~~~」


 なぜかジュンキのニヤニヤに拍車がかかった。


「ていうか、それくらいの事なら普通に連絡くれればよかったのに。あんなシンミョーな顔して席まで来るから何かと思った!」

「あー、まあ言われてみればその通りなんだけど」


 何かと思ったって割にはすごい笑顔だったよなぁと思いながらアラトは携帯端末を取り出した。

 そこでジュンキもアラトの言わんとしているところを察したらしい。


「そういえば、知らなかったよね、何故か」


 アラトが携帯電話を持ち出したのは高校に入る直前の春休みからだった。

 そのころには既にアラトは他人と関わらなくなっており、高校に入ってからもヒロとは教室で話すだけ、ジュンキとは放課後一緒に帰るだけ。


 つまるところ、連絡先を交換するタイミングを逃し、そのままズルズルとここまで来てしまっていたのだった。

 アラトが、人生初の「友達との連絡先交換」をすると、ジュンキは何故か照れ臭そうに笑った。


「あ、俺も連絡先教えて」

「私も」

「なんでいるんだよ!?」


 何故か、ヒロとうるちが廊下の曲がり角から顏を出した。


「珍しいこともあるなと思ってついて来たらなんかやってたから。俺らにも連絡する必要あるだろ?」

「大崎君に同じ」

「まあどのみち教えるつもりではあったけど……」


 アラトと連絡したヒロは、爽やかにニカッと笑った。

 しかしすぐに鼻の穴が広がるので、さわやかさは一秒と持たずに消え去った。


 その隣のうるちは相変わらずの無表情で、ヒロとジュンキにも連絡先を聞いていた。


 廊下で何をやってるんだと思いながら三人を見る。

 三人が知り合った頃のように、ヒロが笑って、ジュンキがはしゃいでいる。

 それは、なんとなく居心地のいい空間だった。

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