エコアース(中の人編)
江口コアスは激怒した。
必ず、あの飄々としたクソ上司に一発くれてやらねばならぬと決意した。
コアスは対怪獣自衛軍の若きエリートである。同期の中で一番の出世頭であり、教養があり、行動力と体力があった。
まさに文武両道。容姿にもそれなりに自信があり、鍛えられ引き締まったスタイルも合わさってモデル並みの美人だと自負している。
そして何よりも、プライドが高く、極度の人間嫌いだった。
そんな性格もあってか、真面目ですべての業務をそつなくこなすコアスと対極にいる、ずぼらで何でも人任せにする上司の太良島とは折り合いが悪い。
あのクソ上司のせいで今こんなことをしているのだと思うと尚一層腹立たしい。
『じゃあ町でそのヒーローのPR活動をしておいで。町の人から支持が得られたら正規に使ったげるから』
三週間前、コアスが提案した環境保護活動のPRキャラも兼ねたパワードスーツ開発案に、あのクソ男はこう言い放った。
そしてあれよあれよという間に試作のスーツが出来上がり、いつの間にか自分がその中に入ることになってしまっていた。
大体、このエコアースのアイデア自体も、あの男が「何か新しい活動の提案をしろ」と何の具体性も無い無理難題を放ってきたからひねり出したアイデアなのだ。
ああ、エコアースといえば! この名前もアイツが私の名前から取ったものじゃないかっ!!!
と色々いっぺんに思い出して今すぐにでも叫び出したい気分になる。
怒りや屈辱がいっぺんにこみ上げてきて、マスクの下の顔が目いっぱい歪み、右目を閉じそうなほど細めた。
「大丈夫っすか? 江口さん頭いいのにたまに抜けてますよね」
「うるさい!」
駆け寄ってきた部下に手を取られながら、ゆっくりと立ち上がる。
今日は本当に最悪な日だ。出勤と同時にスーツを着せられてもう夕方。
通行人に笑われ、子供に蹴られ。
場所を変えた先で出会った女の子は感激してくれていたけれど、結局一緒にいた男の子に連れて行かれ、追いかけようとしたところでコードに引っかかってしまった。
件のコードは、スーツの目の部分とアーマー部分の隙間をピカピカと光らせるためにつながれていたものだった。どうして電池式にしていないのか。
息苦しくなってきたコアスは、スーツの頭の部分だけを外した。
ショートヘアの下のきりっとした大きな目で、広くなった視野を確認するようにぐるりと周囲を見回す。
子供が見たら泣かれそうな姿だと我ながら思う。
「でもやっぱりおかしいよね。今までこんな反応しなかったし。あの子たちに何かあるとしか……」
「どうっすかねえ。そもそもM波感知機自体がまだまだ未完成の技術じゃないっすか」
M波感知機というのは、最近対怪獣自衛軍で開発された、怪獣が持つ固有の振動であるM波を検出する装置である。
まだまだ未完成の技術であり、そもそもM波自体まだ分からないことも多いので眉唾物な扱いを受けている。
しかしコアスは、技術への投資も含めてエコアースにM波感知機を搭載するよう打診していた。
「確かにまだまだ未完成だし、怪獣を見つけられなかった例もいくつかある。でも、怪獣に全く関係ない状態で反応したことは無いの!」
そう、M波感知機はまだまだ怪獣を見つけるための技術としては未完成だ。
しかし、怪獣のいないところで誤作動を起こしたことはまだない。
あくまで感度が低いだけ。
そう考えると、あの一見なんの変哲もない少年少女たちに感知器が反応するのは異常だ。
「これは少し、調べてみる必要があるかも!」
さっそく調査を開始するためにこの町に置かれた支部へと連絡を入れる。
あのクソ上司と会話しなければならないのは苦痛だが、こういう時の動きだけは早い。
もしかしたら今日中にでも人手を確保して行動に移れるかもしれない。
少年たちの去って行った方向を睨みながら、無線機に手をかける。
「あのタイミングで丁度怪獣が地下を移動してたとかじゃなきゃいいっすね」
……そういうのは冗談でもやめてほしい。
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