第2話「アサシンの推論(カイル視点)」

 ──カイル視点──




「……まったく、あの馬鹿姫は」

「ひどいよね。姫さま。あんな人だなんて思わなかった」


 ここは、森の抜けた先にあるキャンプ地。

 焚き火を前に、アサシンのカイルと、エルフのミレイナは向かい合っていた。


「ほんと、信じられない。勇者の位を利用して、ドラゴリオット帝国の女帝になろうなんて。それで大陸を支配しようなんて──」

「ああ。自己犠牲もいいところだ」

「ほんと、自己犠牲も──って、え?」

「アンリエッタは自分が皇帝になることで、大陸を平和にするつもりだ」

「ちょっと待って。なに言ってるのカイル」

「なにって……アンリエッタが皇帝になるって話だろ?」

「う、うん。姫さまは皇帝になって、権力者になって、大陸を思いのままに」

「あいつがそんなことするわけないだろ。なに考えてるんだミレイナ」

「こっちが聞きたいよ!」

「アンリエッタはプライドは高いけど優しくて、かと思うと時々抜けてて、ほんっとほっとけなくて、それでも自分を絶対に曲げない。その上、金色の髪は日輪のようで、笑うとこっちまで幸せにしてくれる、そんな姫君だぞ」

「ねぇ、あたしはなにを聞かされてるの?」

「そのアンリエッタが大陸を支配なんてするわけないじゃないか。お前は旅の間、彼女のどこを見ていたんだ?」

「……はぁ」


 しばらく、焚き火の爆ぜる音だけが響いていた。

 ミレイナはヤカンでお茶を淹れ、カップをカイルに渡す。

 それから自分も、ミルク入りのお茶をすすってから、


「つまり、姫さまが皇帝を目指すのは、大陸を平和にするため?」

「ああ。魔王軍のせいで、大陸はぐちゃぐちゃになってるからな。諸国連合もしょせんは烏合の衆だ。魔王なきあと、どう動くかわからない。大陸をひとつをまとめるには、帝国が力を振るった方が早い。それには勇者の位を持つアンリエッタがトップに立つのが一番いいだろ」

「じゃあ、なんでカイルは怒ったの?」

「アンリエッタが犠牲になるからだよ」


 カイルは焚き火の枝をかきまぜながら、


「アンリエッタが皇帝になるまで数年。帝国が大陸の頂点に立つのに数年。さらに大陸をまとめあげるのに……何年かかると思う?」

「5年?」

「10年……いや、30年はかかるだろうな」

「そんなに? うん……そうかもね」

「その間、アンリエッタは大陸のためにすべてを犠牲にすることになる。あんな優しくて、気高い……でもほっとけない女の子が、30年間大陸のために働くんだぞ。そんなこと許せるか」

「許せないけど、のろけを聞かされてるようにしか思えないよ」

「だから俺は怒ったんだ」

「じゃあ、どうして止めなかったの?」

「アンリエッタの性格はわかってるだろ? 言ってやめるわけがない。絶対に自分の意思を押し通すだろうな。どんな手段を使ってでも」

「だよねぇ。姫さまガンコだからな」

「そんなところも魅力的だけどな」

「息をするようにのろけるのやめて」

「でもな、俺はアンリエッタには勇者を引退して、平和な生活を送って欲しいんだ」


 カイルはため息をついて、星空を見上げた。

 闇の中、ふたつの月が光っている。

 魔王討伐の旅の途中、何度もパーティの仲間と、あの月を見ながら色々な話をした。

 特にアンリエッタから聞いた話は、ひとつ残らず覚えている。


「あいつは生まれつき、神々より勇者の位を与えられていた。その上、皇女としての役目もあった。勇者として武芸の練習をしながら、皇女としての勉強や訓練もしなきゃいけなかった。どれだけ苦労したか、想像つくだろ」

「……そうだね」

「アンリエッタは、もう充分に戦ったんだ。勇者としての使命も果たした。姫君として、諸国の支援もとりつけた。なんで魔王討伐後の世界でまで、働かなきゃいけないんだよ……」

「じゃあ、どうするの?」


 ミレイナはカイルに問いかける。


「カイルは姫さまに苦労はさせたくない。でも、言葉で止めることはできない。じゃあ、カイルはどうするつもりなの?」

「俺が諸国連合をまとめあげる」

「…………え?」

「俺には魔王を討伐したという功績がある。それを武器に、諸国連合をまとめあげて、共和制の土台を作る。そうして大陸が平和になれば、アンリエッタが皇帝になる必要もなくなるだろ?」

「でもでも、姫さまには聖剣と、そこに封じ込めた魔王の魔力があるけど、あたしたちには──」

「ここに『魔王の指輪』と『魔王のアミュレット』がある」


 カイルは荷物袋から、宝石のついた指輪とアミュレットを取り出した。


「聖剣に宿した魔力と同じように、これにも魔王の魔力が宿っている。これがあれば、俺も魔王討伐の功績を主張できる」

「どうやってこんなものを……もしかして、カイルの『盗技スティール』?」

「ああ。奴の心臓を突いたときにいただいた」

「いや魔王の心臓を突いただけでもすごい話なんだけど……」

「それでもレジストされたからな。5回も心臓を突かなきゃいけなかった」

「だから魔王はあんなに弱ってたの!? 姫さまの剣技のおかげだと思ってたよ!!」

「死んだ魔王は服も装飾品も崩壊するからな。生きてるうちに盗まなきゃいけなかったんだ」

「あー。確かに。『我と共にほろびよ』って、重力魔法で自壊しちゃったもんね」

「せっかく手に入れた指輪とアミュレット、無駄にするわけにはいかないだろ?」

「わかった。あたしも協力するよ」


 ミレイナは、ぐっ、と拳を握りしめた。


「ここまで一途な想いを聞かされちゃ、手伝わないわけにはいかないもん」

「待てミレイナ。なんの話をしてる?」

「いいから、ごまかさなくていいから」

「アリネッタに誤解されたらどうするんだよ」

「姫さまは気づいてないんじゃないかな。姫さまも、カイルに似たところがあるからね」

「そうか」

「安心した?」

「あいつに余計な負担をかけるわけにはいかないからな」

「そこまでかー」

「これからのことだけど。まずはバーゼル国王、つまり俺の親父を味方につけるところからだ」

「アサシンスキルを持つお父さんか。大丈夫なの?」

「ああ。親父は利にさといからな、俺が諸国連合のトップを目指すと言えば、利用しようとするはずだ。

「わかったよ。このミレイナ=ジーニアスは、祖国のジーニアス魔法国を動かすことにするよ」

「さすがおさななじみ」

「ほんと、因果なおさななじみを持ったよね。あたしも」


 苦笑いするミレイナ。

 それから、彼女は手を振って、


「まぁ、カイルだからしょうがないかぁ。出会ったときから手がかかる弟みたいだったもんね。その恋路なら、応援するしかないよね」

「ありがとうミレイナ。俺もお前のことは、ただのハラペコエルフじゃないと思ってた」

「ひどいよ! というか、私が大食いなのは、大魔法を使うのに魔力が必要だからだよ! ちゃんと意味があるんだよ!」

「あと、ミレイナのことは親友だと思ってる」

「それは同感だけどさぁ。親友はもっと大切にしようよ」

「わかってる。ミレイナが味方になってくれてよかった」

「弟分の恋路だもんね。お姉ちゃんが応援するのは当然でしょ」

「……あのな、ミレイナ」

「なぁに、カイル」

「俺のは恋とかじゃなくて、尊敬するアンリエッタに苦労をさせたくないだけで──」

「はいはい。わかったから、まずは王国に戻ろうよ」

「そうだな。一日も早く、アンリエッタを引退させるために」

「はいはい。あたしも協力するから」


 カイルとミレイナはうなずきあう。

 そうして、2人の計画はスタートしたのだった。

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