最強で最愛のキミを引退させる方法

千月さかき

第1話「勇者パーティは(方向性の違いで)解散する」

「もういいわ。カイル。あなたはパーティから出て行って」


 勇者アンリエッタの冷え切った声が、広間に響き渡った。


 ここは、人間領域の最北端にある砦。

 集まっているのは、最強勇者のアンリエッタ、アサシンのカイル、神官のクレア、エルフの魔法使いのミレイナ。

 彼ら4人は、各国から選ばれた『勇者パーティ』だった。


 十数年前、西の果てに魔王を名乗る者が現れた。

 魔王は配下の魔将軍や魔物たちを統合し、人間に対して戦争を仕掛けてきた。

 魔物たちの侵攻により、土地は荒れて、町や村も破壊された。


 各国は魔王を討伐するため、ひとつの契約を結んだ。

 それは、それぞれの国や勢力から代表者を選び出し、魔王討伐のための勇者パーティを作ること。

 魔王軍に対しては各国が同盟を結び、勇者パーティを支援することだった。


 そうして選ばれた勇者パーティは4人。

 大陸で最も大きな大きな国──ドラゴリオット帝国から、勇者の神託を受けた姫君、アンリエッタ=ドラゴリオットを。

 沿海州に位置する小国の集まり──諸国連合からは、代表としてバーゼル王国最強のアサシン、カイル=バーゼルを。

 エルフが住む西方の魔王王国からは、エルフの姫君、ミレイナ=ジーニアスを。

 大陸で人々の信仰を集めるローゼッタ教会からは、大神官の娘であるクレア=リメインを。


 各国が選んだこの4名が、勇者パーティとなったのだった。

 そうして彼らは数年の準備期間と、魔王討伐の旅を終えて、人間の領域へと帰ってきた。

 凱旋だった。

 彼らの帰りを待っていた、この北方の砦では、お祭り騒ぎになっていた。

 祝勝会を終えて、明日には帝国へと報告に向かう予定だった。


 その矢先に、勇者であるアンリエッタ姫が、パーティ解散を宣言したのだった。

 


「もうあなたは不要なの。ここで別れましょう」


 金色の髪を揺らして、勇者アンリエッタは宣言した。

 彼女はまっすぐ、目の前にいる黒髪の少年を見つめている。

 強い視線だった。

 揺れることも、ためらうこともなく、アンリエッタはパーティメンバーの少年──カイル=バーゼルに向かって言い放つ。


「魔王は倒しました。もう、あなたの偵察スキルも不要。道案内もサポートも、補給もいらない。あとはこのアンリエッタ=ドラゴリオットが、わが帝国の成果を知らしめるだけのこと」


 アンリエッタは一呼吸おいてから、続ける。


「第二皇女である私が魔王を倒したことは、我がドラゴリオット帝国の成果と、帝国が、大陸の盟主であることを示してくれるでしょう。あなたの仕事は終わりよ。カイル」

「ふざけるな、アンリエッタ。俺はそんなことのために、魔王軍と戦ってきたんじゃない!!」


 アサシンの少年、カイルは叫んだ。

 怒りに拳を握りしめ、アンリエッタをにらみ付ける。


 人払いは済んでいる。

 砦の広間にいるのは、勇者パーティの4人だけ。

 ずっと一緒に旅をしてきた彼らの間には、かつてない緊張感があった。


 勇者にしてドラゴリオット帝国の皇女である、アンリエッタ=ドラゴリオット。

 最強アサシンのカイル=バーゼル。

 昨日まで肩を並べて戦っていたふたりが、仇敵のようににらみ合っているのだ。


「アンリエッタもカイルも落ち着いて! やめてよぉ。どうしていきなり、そんな話になるの!?」

「おやめくださいアンリエッタさま! 我々は魔王を倒したのですよ!!」


 ふたりを必死で止めようとしているのは、魔法使いのミレイナと、神官のクレア。

 アンリエッタ、カイル、ミレイナ、クレアの4人はずっと、魔王を滅ぼすための旅をしてきた。


 それぞれの故国を出て、3年が過ぎている。

 彼らはついに宿敵の魔王を倒した。

 あとはゆっくりと凱旋がいせんしながら、帝都を目指すだけ。

 そのはずだったのに──


「もう一度聞くぞ、アンリエッタ」

「かまわないわよ?」

「お前はこのまま王都に戻り、皇帝に魔王討伐の事実を報告する。そして、すべての功績を帝国のものにする。諸国連合にはなにも与えないと……本気で言ってるのか?」

「ええ。本気よ」


 アンリエッタは腰に提げた聖剣に触れた。


「この聖剣は、魔王の魔力を封じ込めるためのもの。だから魔王にとどめを刺したとき、この剣は魔王の魔力を吸収することができたの。この魔力こそが、魔王を倒した証となるでしょう。聖剣があれば、ドラゴリオット帝国は魔王討伐の功績を誇ることができる。今後の大陸の支配者になれるのよ」

「お前はそんなものが欲しかったのかよ……」

「代わりに、魔王城で得たものはあなたにあげるわ。文句はないでしょう? 私に必要なのは、帝国が大陸を支配するための力だけだから」

「帝国が大陸を支配する必要がどこにある? これからは各国で力を合わせて、魔王軍に荒らされた大陸を建て直していくべきだろ!?」

「何年かかるの?」

「ああ?」

「各国をまとめて、大陸を建て直すのに、一体何年かかると思っているのかしら?」


 アンリエッタは口に手を当て、笑う。


「ああ。バーゼル王国は、諸国連合の盟主。もしかして、魔王討伐の成果をもって、あなた諸国連合の支配者になるつもりだったの? カイル自身が、バーゼル王国の後継者として」

「……姫さま」「……アンリエッタ、さま」


 それは魔法使いミレイナと神官クレアが震えるほど、冷たい声だった。

 まっすぐカイルだけを見つめながら、アンリエッタは続ける。


「そういうことを言っているんじゃない!! 話を逸らすな、アンリエッタ!!」

「あなたと議論するつもりはないわ。カイル」


 氷のような視線のまま、アンリエッタはカイルから距離を取る。

 カイルは密着しての戦闘を、アンリエッタは剣の間合いでの戦闘を得意とする。

 カイルとアンリエッタは互いの間合いを探りながら、にらみ合う。


「カイル。あなたはもっと利口だと思っていたのだけれど」

「俺だって、勇者さまがこんな物わかりの悪い奴だとは思わなかったよ」

「だったらどうするの? 力ずくで私を止める?」

「できないと思うのか? アンリエッタ」


「おやめくださいアンリエッタさま!」「やめて、カイル!!」


 ふたりの間に、神官クレアと魔法使いミレイナが割って入る。

 彼らだって、魔王討伐の旅を続けてきた仲間だ。

 黙って見ていることなどできるはずがなかった。


「やめて……やめてよカイル。こんなの……やだよぉ」

「アンリエッタさま。おやめください。今ここですべき話ではないでしょう!?」


 泣きじゃくるミレイナと、唇をかみしめるクレア。


「……もういい」


 先に口を開いたのはカイルだった。

 彼はそのまま、アンリエッタに背中を向けた。


「世話になったな皇女様。いや、次期ドラゴリオット国女帝と呼んだ方がいいか?」

「察しの良さは、もっと別のことに使うべきね。カイル=バーゼル」

「もう話すことはないようだ。行くよ」

「あなたの故郷、バーゼル王国は遠いわ。道中気をつけなさいな」

「……ふん」


 言い捨てて、カイルは走り出す。

 もう、今のアンリエッタを見ていられなかった。

 ミレイナの止める声も、彼の耳には届かない。

 アサシンとして鍛え上げた脚力で、ただ、森の中を駆けていく。


「……あの馬鹿姫」


 砦の明かりが見えなくなってから、カイルは吐き捨てたのだった。





────────────────────





「アンリエッタ姫さま! お考え直しください!!」


 カイルも──彼を追っていったミレイナも、もうここにはいない。

 残されたクレアだけがアンリエッタの背中を追って、砦の廊下を走っていた。


「どうしてあのようなことを!! カイルさまがどれだけの功績を上げてきたか、知らぬわけではないでしょう!?」


 窓際でたたずむアンリエッタの背に向けて、クレアは叫んだ。


「それを不要だなんて……クレアは姫さまを見損ないました!」

「────じゃない」

「…………え?」


 金色の髪をひるがえして、アンリエッタが振り返る。

 思わず、クレアの呼吸が止まる。

 目の前に居るアンリエッタの頬を、涙が伝っていたからだ。


「しょうがないじゃない! 他にカイルを自由にしてあげる方法がないんだもの!!」


 こらえきれなくなったように、アンリエッタは叫んだ。


「カイルは、もう充分に戦った! バーゼル王国の王子としての仕事もしたわ……もう充分じゃない。なんで魔王討伐後の世界でまで働かなきゃいけないの……!?」

「…………姫さま。あなたは……」

「カイルは諸国連合に属する王国バーゼルの王子……いえ、養子よ。そして彼の父は諸国連合の盟主を目指している。カイルが勇者パーティのひとりであることを利用するはず。そうしたら、カイルは……これからどれだけ苦労をしなければいけないの!?」


 アンリエッタは鎧に包まれた胸を押さえた。


 今回の魔王討伐は、国同士の協力のもとで行われた。


 ──各国で通用する、勇者のための身分証明証の発行。

 ──勇者たちの、国内自由通行権。

 ──魔物が出た場合、町中でも剣を抜き、魔法を使っても構わないという許可。

 ──緊急の場合は武装したまま国王の前に出てもいいという特権。


 各国が話し合って、勇者たちにその権利を与えたのだ。


 各国の中でも最も発言力を持つのが、ドラグリオット帝国。勇者アンリエッタの故国だ。

 アンリエッタはあの国で、勇者としての天命を受けて生まれた。


 次に強い力を持つのが、バーゼル王国を盟主とする諸国連合。

 そのバーゼル王国こそが、カイルの故国だ。

 カイルはその才能を見いだされ、国王の養子となり、勇者パーティの一人となったのだった。


「魔王は倒された。これから諸国連合でも、国々の復興が始まるでしょう」


 アンリエッタは続ける。 


「けれど、諸国連合は寄せ集め。大陸復興のために、みんなが意見をまとめるのに何年かかるの? その間、カイルはどれだけ利用されることになるの?」

「いえ、カイルがバーゼル王国の王になると限ったわけでは……」

「なにを言うのクレア。カイルは頭も良くて、状況判断にも長けていて、その上強い。さらに諸国連合からの補給や支援を取りつけるだけの交渉力もあるのよ。それに、あんなにかっこいい。あの人が諸国連合の重要人物にならないわけがないじゃないの。あなたは旅の間、カイルのどこを見ていたの?」

「あの、私はなにを聞かされているのでしょう?」

「私はカイルを自由にしてあげたいの。そのためなら、なんでもするわ」

「姫さま……まさか、そのために?」

「私はドラゴリオット帝国の女帝になる。そして、諸国連合をも支配し、共和制の土台を作る」


 静かな決意に満ちた言葉が、姫君の私室に響き渡った。


「魔王軍のせいで荒れ果てた大陸の復興には、10年から30年はかかるでしょう。それを最速で終わらせるため、私は女帝になる。魔王討伐の功績を利用すれば、それも可能でしょう。そうして諸国をまとめあげたあとで共和制の土台を作り、後継者にすべてを譲り渡す。それが、私の計画よ」

「本気でおっしゃっているのですか!?」

「それが大陸に平和を取り戻すための、一番早い手段なの。最も強い力で人々をまとめあげ、争いを無くすの。カイルに……平和な生活──スローライフを送ってもらうためにね」

「……どうしてカイルたちに、それを伝えなかったんですか?」


 クレアは思わず口走っていた。


「あなたの本心をおっしゃれば、カイルさまだってわかってくれたのでは?」

「言えば絶対に止めるもの」


 アンリエッタは、涙をぬぐいながら、言った。


「あの人の性格はわかっているでしょう? 私が大陸のために女帝になるなんていったら、カイルは絶対に止めるわ。どんな手段を使ってでもね。そうなったら、あのひとの平穏は壊れてしまうの」

「姫さま……あなたはやはり、彼を愛しているのですか?」

「そういう話はしていないの」

「していないんですか?」

「私がしているのは、誰が世界の平和について責任を負うべきか、という話よ」


 アンリエッタは頬を染めて、宣言した。


「私は皇帝の姫であり、彼は魔王討伐のために育てられたアサシン。どちらの責任が重いかわかるでしょう。ならば、魔王退治のために尽くしてくれた彼には幸せになって欲しい。それだけよ」

「それでは、彼のことが好きではないのですか?」

「そういう話はしていないの」

「していないんですねぇ」

「カイルの幸せを望むのは……世界の平和の目安みたいなものね」


 アンリエッタはまるで祈るかのように、目を閉じた。


「彼が幸せでいるなら、世界も平和だということになるでしょう?」

「ならないこともないですけど」

「だから、私はどんな手段を使ってでもあの人を幸せにしてみせる。勇者と皇女の地位を利用して、平和な絶対帝政国家を作るの」

「わかりました。協力いたします」


 神官クレアは、アンリエッタの前に膝をついた。


「長年、姫さまの侍女として付き従った身であります。このクレア=リメインは、姫さまのお力となることをお約束しましょう」

「ありがとう。クレア」


 アンリエッタはそう言って、窓の外に視線を向けた。

 カイルはもう暗い森の向こうに行ってしまっただろうか。


「……幸せになってね。カイル」


 姿が見えなくなってしまった彼に、アンリエッタはつぶやいた。

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