第3話 -早々の苦難-

 体験入部期間が終わり、どの部活も正式入部の日を迎えた。


 吹奏楽部は去年よりも多くの新入部員を迎え、楽器の割り振りが大変な、嬉しい悲鳴状態になっていた。1年生と2年生だけでコンクールに出れるほどだった。


 どうしても楽器が足りないため、渋々他パートへ移ってもらった管楽器経験者もいたほどだ。


 だが初心者も多いため、毎年4月29日に呼ばれる地元商店街の春祭りの演奏曲は、去年は8曲だったが、今年は福崎先生と協議して6曲に減らした。

 しかも曲もやりやすい、マーチとかアニメのテーマとかを主体にした。


 しかし第一の苦難が俺を襲う。


 4月24日に行われる「生徒総会」と、その準備だ。


「生徒総会」自体は、特に波乱が起きることもない。去年も入学してすぐに総会があったが、わざわざ体育館に全生徒を集めてやる意味はあるのか?と思ったほどだ。


 だが運営側になってみて初めて分かったが、資料作りが大変だった。

 特に前年度予算と執行額、今年度予算と執行予定額などは、1年目では分からない。


 また総会のシナリオ作りも大変だった。

 議長を誰かに頼まねばならないらしく、事前に岩瀬会長が友人に頼んでおいたとのことだが、来年はどうなるやら…。


 そして滅多にないが、質疑応答で質問が出てきたらどうするか。


 去年は入学したばかりでよく分かってなかったから、こんなもんは資料配って読んどけ、でいいじゃないかと思ったが、そんな前言は撤回せねばならない。


 少なくとも新3年生の先輩方は、真剣に議論を戦わせ、新年度の方向性をまとめようとしているのだ。


 俺達新2年生は、来年のために先輩方の作業を見学したり、出来た資料のコピーをして冊子化したり、予算案の検算といったサブの仕事を手伝っていた。


 そのため俺は4月中旬から、早くも部活に遅刻したり、欠席してしまう日が出てきた。


 事前に生徒会の会議や作業が長引きそうだと分かる日は、6組まで行って大村に部長の代わりを頼んでいたが、生徒総会の直前のある日、又も遅刻してから音楽室に行ったら…


「部長が遅刻したりサボったり、どうなったんだろうね、この部は」


 という、明らかに俺に聞こえるように発せられた、嫌味な陰口が聞こえた。


 声がする方を見ることは出来なかったが、絶対に去年の11月、俺と山中に対して生徒会役員との兼務にネチネチと言った先輩と同一人物に違いない。

 想像したくはなかったが、声の感じからして、フルートの先輩のはずだ。


(やっぱりかっ…。結局兼務なんて、言葉がかっこいいだけで、実際は生徒会役員なんて嫌われてるのかっ)


 俺はとりあえず聞こえなかったフリをして、バリサクを楽器収納庫から引っ張り出し、サックスのパート練習室へ向かった。今日は視聴覚室になっていた。


「あ、上井君、お疲れ~」


「先輩、お疲れ様です!」


 と、末田と若本が声を掛けてくれた。出河はリードを口に咥えていたため、頭だけ下げてくれた。


「上井先輩、凄いですね!部長なのに、生徒会役員までやってるなんて…」


 若本はそう言って、キラキラした目で俺を褒めてくれたが、どうしても直前に聞いてしまった陰口のせいで、陽気に返事出来なかった。


「…うん、担任の先生に押し付けられてね。若本さんも出河君も、10月頃に担任の先生から個別に呼ばれたら、無視したほうがいいよ…」


「でも、生徒会役員なんて、中々なれないですよ。やっぱり凄いです、上井先輩!」


 若本のお陰で、ちょっと心が癒された。まだ3年生の陰口の怖さを知らない、純粋な気持ちが羨ましい。


 その日のミーティングは俺が出席している以上、当然俺が担当するのだが、部長になって初めて、ミーティングを「怖い」と思ってしまった。


(さっき陰口言ってた3年生が、今度は堂々と文句を言ってくる可能性がある…。はぁ、耐えられるのか、そんなこと言われて…)


 山中も遅刻していたが、特に山中は何も言われていないようで、1年の男子相手に色々と話をしている。


 勇気出せ、俺!


「では、今からミーティング始めまーす!立っている方、座って下さいね~。さて、最初は今日の出欠状況、各パートリーダーからお願いします」


 俺は各パートリーダーからの報告を淡々とノートに記録した。


「はい、ありがとうございました!さて、1年生の皆さん、正式入部されて1週間経ちましたが、慣れてきましたか?まだかな?そんなこと言ってる自分が、まだ1年生のみんなの顔と名前が一致しとらんのじゃけどね~」


 ちょっとした笑いが起きて、俺はホッとした。


「さて、経験者の1年生には早速参加してもらう予定の、29日の『ハローふじおか春祭り』ですが、残り1週間となりました」


 えっ、もうそんな時期になった?わー、まだ吹けないっス先輩、とか聞こえてきたが、それでいいのだ。俺は3年生の邪魔が入らないようにしたいだけだから…。


「なので、今週末の日曜日、合奏を中心とした練習を、午後1時からやることになりました。さっき先生に言われて、急に決めたので、既に用事入れちゃった~っていう部員さんもいるかもしれませんが、出来るだけ参加して下さい。どうしても出れないよっていう方は、俺か、パートリーダーに伝えてくださいね。では他に何か意見がある方、いますか?」


 頼む、誰も手を挙げないでくれ…と念じつつ音楽室内を見渡していたら、1人手を挙げていた。だが1年生だったので、ホッとした。


「はい、1年生の…ゴメン、名前覚えてなくて。パートと名前も言ってくれたら助かるな…」


「すいません、1年生の分際で手を挙げちゃって。クラリネットの瀬戸と言います。よろしくお願いします」


 部活見学初日にクラリネットの部屋にいた男子か!真面目そうな顔だと思っていたら、ちゃんと入部してくれたんだな、ありがとう。ところで意見は?


「えっと、大変つまらない質問なんですが、日曜の1時から合奏だと、家で昼飯を食う時間がないので、弁当を持ってきて、音楽室で食べてもいいですか?」


「あっ、そうだね、ご自宅の場所によっちゃ、昼ご飯が食べれんかもしれんよね。うん、弁当持ってきて音楽室で食うのは、一向に構わないよ」


「良かった~、ありがとうございます」


 一応なんとかなる範囲で良かった…。だが嫌でももう一度問いかけねばならない…。


「他にご意見、ご質問のある方は…。いないようですね」


 手が挙がらず、ホッとした。


「それでは今日は解散といたします、お疲れさまでした!」


 部員がゾロゾロと帰っていく。その帰っていく光景から、俺はあえて目線を外し、グランドを眺めて過ごしていた。


(明後日の生徒総会さえ終われば…)


 だが翌日は、生徒総会前日ということで、シミュレーションを行うことになり、更に音楽室へ行くのが遅くなった。


「すいません、遅くなりました…」


 と音楽室へ駆け込んだら合奏の準備をしている所だった。


「おぉ上井、合奏するから、早く準備して参加してくれ」


 先生はそう言って下さったが、その瞬間、


「部長が合奏に遅刻?ふーん…」

「生徒会役員って偉いんやね…」


 という声が聞こえた。俺は聞こえないフリをしたが、昨日と違って他の部員もいる中で、明らかにヒソヒソと、しかし俺に聞こえるように陰口を言っていた。


(なんなんだ!文句あるなら影からじゃなく、堂々と俺の目の前で言えよ…。昨日のミーティングだって、怖い思いをしながら意見はありますか?って問いかけただろうが!)


 声の感じから、フルートのN先輩とS先輩だと確信した。


 悔しい思いをしながら楽器収納庫からバリトンサックスを持ち出し準備していると、大村が声を掛けてくれた。


「上井…」


「…ん?」


「さっき、陰口が聞こえたんじゃけど…大丈夫か?」


「…素直に言えば、ここ最近、連続して3年から何か陰で言われとるから、かなり辛い。だけど辛い顔してたら、他のみんなに悪いけぇ、頑張るよ」


「そうか。でもどうにも身動きが取れんくらいになったら、俺がいくらでも代わりになっちゃるけぇ、遠慮せんと言うてくれよ」


「大村…」


「…一応俺も、『副』だけど部長じゃけぇ。頼ってや」


「ありがとう」


「あとこれ、預かったんじゃけど…。ま、見ておいて」


 大村は俺にメモを渡して、ホルンの席に戻っていった。


 メモを開くと、なんと神戸さんからの一言が書いてあった。


『上井君、陰口に負けず、頑張って』


 1年間断絶していたのに、昨日と今日の俺に対する陰口を聞いて、思い切ってメモを書く形でメッセージをくれたのだろう…。


 よし、部長が暗く落ち込んでてどうする!まず合奏と明日の生徒総会だ。

 明日の生徒総会さえ終われば、陰口も収まるだろう…。


「はい!今日も皆さんお疲れ様でした!そして部長のクセに生徒会の関係で最初から部活に来れなくてすいません。ミーティングを始めまーす。まずは各パートから出欠を…」


 俺はあくまでもみんなの前では一部の3年生からの陰口など気にしてないように、明るくミーティングを進行するように努めた。


「今日は特に新しいお知らせはないんですが、皆さんから何かご意見はありますか?」


 出来ればこの部分はカットしたかったが、そういう訳にはいかない。

 音楽室内を見回したら、誰も手を挙げていないのにホッとしつつも、俺に陰口言うくらいなら今言えよ、とも思った。


「…特にないですかね。ではミーティング終わります。明日は生徒総会なので、私もステージの横でチョコっと話しますので、他の方の話は寝てても、私の時だけは起きて下さいね」


 音楽室内に笑いが起きた。なんとか部内の雰囲気だけは維持出来ているようだ。明るい部活さえ守れれば、俺が何を言われても、耐えておけばいいだけだ…。


 部員がお先に失礼します〜と帰っていくのを眺めつつ、誰もいなくなってから、生徒の席に座り、深く溜息を付いた。


(やっぱり生徒会役員をやりながら部長に立候補なんて、止めれば良かったのかな…)


 いくら大上や山中が推薦してくれたって、2人ともいつも俺のボディーガードをしてくれる訳でもない。

 特に山中も同じ生徒会役員だし…。


 悩んだ所でどうしようもない、今日は帰るか…。


 電気を消し、鍵を掛けて職員室に返し、下駄箱へ向かった。

 山中はもう一度生徒会室に行くようなことを言っていたが、今の俺にはそんな気力がなかった。


 そして下駄箱で勝手に出て来る溜息を堪えつつ、靴に履き替えていたら、声を掛けられた。


「上井君、待ってたよ。相談があるの」


「えっ?誰?」


 <次回へ続く>

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