友達になれるかもしれない人

「……」


 凛とした佇まい、という感じだろうか。


 成長期真っ盛りの中学生にとって2年の差はとても大きく。

 中学に入学したばかりの私からすれば、卒業を来年に控えた先輩はとても大人びて見えた。


「……」


 背筋はまっすぐに。

 一歩一歩を堂々と。

 胸を張って髪を揺らしながら。


(……そういえば、先輩って野球部なのに髪短くないんだ)


 今どき、野球部は全員坊主なんて時代ではない。

 帰宅部に打球が直撃するような環境しかない弱小野球部なら猶更だ。

 女子野球部であることも考えれば、先輩の髪が長いのもおかしいことではないだろう。


(髪型もパッツンだし……お姫様カットっていうんだっけ、ああいうの)


 身だしなみに気を遣っているだけなら、わざわざ凝った髪型にはしないはずだ。

 先輩の髪は朝日を受けて艶々としており、手入れが行き届いているその様からはオシャレを感じられる。


 堅苦しい人なのかと思っていたが、先輩はファッション雑誌を愛読する今どき女子だったりするのだろうか。

 自責の念から暗い雰囲気を漂わせているだけで、本来は親しみやすい性格なのかもしれない。


「……」


 先輩と交友を深めたところで来年には卒業してしまう。

 充実した中学校生活を送りたいのなら、先輩に使っている時間はない。


 しかし、先輩経由で交友関係が広がるということもありえる。

 どうせしばらくはいっしょに登下校することになるのだ。

 気まずい空気を味わい続けたくはないし、仲良くなれれば損はないだろう。


 メリットとデメリットを天秤にかけて少し悩んで。

 結論として、私は先輩に話しかけてみることにした。


「……」

「……」

「……」


 話しかけてみることにはしたが、だからといって実際に話しかけられるかは別の問題ではあるのだが。


(いきなり3年の先輩に話しかけられる度胸があったら、私は今頃ぼっちじゃないんだよなぁ……)


 用件があるのなら、話しかけるのは簡単だ。

 そこには”用があるから”という大義名分がある。


 しかし雑談となると途端に難しくなる。

 ”用もないのに”話しかけるという行為は、つまりは私のわがままだ。

 先輩相手にわがままをかませるほど、私は肝の据わった人間ではない。


「……」

「……」

「……」



(……まあ、いいか。気まずいのは嫌だけど、我慢すればいいだけだし。何か行動して変なことになる方がよっぽど――)


 先輩との楽しい登下校の時間を諦めかけたその時。

 突然、先輩がこちらに振り向いた。


「歩くペースはこれくらいでも大丈夫?」

「……え?」

「ごめんなさい、もっと早くに確認しておくべきだったわね。もっとゆっくりの方が良かったかしら」

「い、いえ、これくらいでも大丈夫です」

「そう? 辛かったらいつでも言ってね」


 それだけ言うと、先輩はまた前を向いて歩き出してしまった。

 心なしか、歩くペースが少し落ちている気がする。


 これはチャンスだろうか。

 無言だった時間に、短いとは言え会話が生まれた。


 会話というのは始めるよりも続ける方が簡単だ。

 少なくとも、私にとってはそうだ。


 放っておけばまた無言の空間が戻ってきて、そうなればまた話しかけづらくなってしまう。

 先輩と交友を深めるのなら、今が絶好の機会だろう。


(私よりも先輩の方が辛いはずなんだ。私が少しでも楽し気な方が、先輩の気持ちは楽になるんだ。だから、これはあくまで人助け……先輩を、助けるために……!)


「……っ、あ、あの!」

「……?」


 先輩がゆっくりと振り向いた。


「……」

「……」


 不思議そうな顔で私を見つめる先輩。

 そんな先輩を私は正面から見据えて。

 互いに見つめ合って。


「……」

「……」


 私は、話す内容を何も考えていなかった。


「……」

「……」

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