poem4 オナニーするアウトくん
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“ ゲイのアウトくんの
病みがち連続ポエムシリーズ。
大震災が訪れる前の日本で過ごした学生時代は、いじめと自殺問題がいつもテレビのニュースになっていた。価値観が変わる少し前の話。オトナたちからは可哀想な視線を向けられた当時の子どもたち。学校は、刹那的でおしゃべりで露悪的で残酷な世界だった。闇になった気持ちは、闇の気持ちでないと救えないときもある。LGBTが日本語になる少し前の世界でセクシャリティに悩むためのポエムをキミに。lover、lover、lover ”
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オナニーは泣きたかった。アウトくんのオナニーは、一日の自己否定のきっかけだった。アウトくんが世界の異物だと証明する瞬間だった。ゲイビデオがいやだった。マッチョな男の人が好きじゃなかった。彼らのサングラスやゴーグルがいやだった。ゲイビデオを調べていると、彼らがこの世界で嫌われるのがあたりまえに思えて、そんなふうに自由に振る舞う様子がいやだった。
——、興奮するのがいやだった。
高校生の制服を着た役者が、通学中にゲイたちに襲われるコンセプトのビデオがあった。憧れた。アウトくんは世界から連れ出してほしいと思ってた。学校に行けないようにしてほしかった。襲われてでもいいから、友達がほしかった。
クラスでは友達がいなかったアウトくんだけど、美術部に入って半年ぐらいしたとき、先輩に促されるままカミングアウトした。女の先輩たちだった。アウトくんは、明らかに様子がおかしかったから、いつも何かに悩んでいたから、ずっと、気にかけられていた。心がバラバラになって、自分が何者かわからなくなると、うったえることが何度かあった。見かねた先輩たちが手を差し伸べてくれたのだった。美術が好きな人の中では、言ってもいいというルールが、アウトくんに出来た。アウトくんは、結局、ずっと、クラスには友達はつくれなかったけど、放課後だけは、卒業まで、ゲイでいれた。
でも、やっぱり、心はぎりぎりだった。部室の中で、後輩の腐女子たちを集めて、ゲイビデオの話をしてたことがある。ゲイビを見ている女の子がいて、それが楽しかった。もし、普通の男の子に生まれてきて、クラスで友達と下ネタで盛り上がるとかできたら楽しいだろうなとかを想像した。でも、アウトくんのオナニーはつらかった。女の子になりたいなんて、ひどい相談もしたことがある。そんなことじゃなかった。
オナニーをして、泣いて、オナニーをして、泣いた。眠れなくなって、怖くてなって、そのまま朝になって、テレビに流れはじめた仮面ライダーの俳優をみて、やっぱり男の子が好きなんだと自覚して、疲れて果てて、やっと寝れるのが日曜日の習慣になった。
クラスメイトを想像した。いっそ、アウトくんは悪い心の人になろうと思っていた。クラスメイトの男の子で抜いちゃうような人はダメな子ですよね? 体育の着替えで裸を見てしまう人はダメな子ですよね? クラスのイケメンのパンツを何パターンも覚えてしまう人はダメな子ですよね? 確認作業だった。アウトくんはホモだと、オナニーに証明されてしまうことがつらいから、自分からする確認作業なら、平気かもしれないと思った。エロ小説の登場人物のそれぞれにクラスメイトを当てはめてみたりした。繰り返すうちに、映像のように小説の役に興じるクラスメイトの男の子が見えるようになっていた。このまま練習したら、ほんとに悪者になれるんじゃないかと思った。でも、クラスで1人だけ、アウトくんを気にかけてくれた男の子だけは、アウトくんはオカズにできなかった。泣きたかった。
きっかけは、男の子がアウトくんに好かれているという勘違いをしたことだった。アウトくんは、顔が赤くなりやすいから、すこしでもカッコいい子なら、誰にだって弱かったのに。ピュアな勘違いをされた。男の子は、彼女だっていたけれど、アウトくんを気にかけてくれた。そのうち、アウトくんを膝に乗せるようになった。アウトくんは顔が真っ赤になった。でも、アウトくんには、それが揶揄われているのか、優しさなのかの判断がつかなかった。何回目かで、それがきっと、クラスに馴染めないアウトくんのための、ひと時の優しさなんだと理解できた。でも、信じられなかった。顔が赤くなるのがいやだった。赤い顔をクラスの子に見られるのが嫌だった。アウトくんは、ホモだと、証明する瞬間になった。
アウトくんがつきはなすようになっても、男の子は変わらず優しかった。アウトくんは嬉しかった。そもそもアウトくんが、クラスの子と一学年からずっと話すのが怖かったのは、バレるのが怖かったからだ。嫌われるのが怖かった。人を好きになるのが怖かった。人を好きになると迷惑だと思っていた。誰も好きにならないようにする、誰もえっちな目で見ないようにする、決してバレないようにする、アウトくんが入学したときに決めたルールだった。上手く話せなくなっていた。
男の子に、顔を赤くさせられると、アウトくんの中のガチガチの氷が、急激に溶かされる熱を感じた。一度、体育の時間に、男の子がアウトくんにジャージを預けてくれたことがある。拷問だった。彼のジャージを抱えながら、抱えているものを抱きしめられたらどんなに嬉しいかと、それがどんなに気持ち悪いかを考えた。ピュアに投げられた彼のジャージが、愛ではなくて、ふいにホモのオカズになってしまうんじゃないかという悲しい想像もした。オナニーをして、泣いて、オナニーして、泣いていた。
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