もうダイスロールしない

みなかみしょう

第1話

 高取高菜は中学二年から高校卒業までのおよそ五年間を山梨県富士吉田市で過ごした。

 引っ越しの理由は親の仕事の都合、出ていった理由は自身の進学。

 日本中どこにでもある、よくある話だ。

 

 その後、都内に進学してそのまま就職。両親は再び仕事の都合で引っ越した。

 富士吉田市は今では青春の一時期を過ごした思い出の地となり、土地に対する縁は無くなっている。


「相変わらず東京から近いのは嬉しいわ」


 そう思っていたのに、高校卒業から十年後の彼女は、なぜか山梨の地を踏んでいた。


 短く切りそろえたつやのある黒髪に、気の強そうな眉と目つき。落ち着いた色合いのシンプルな服装が外見と合わさって、仕事熱心な女性という印象の人物である。


 彼女が降り立ったのはJR大月駅。

 中央線で新宿から特急で一時間少々で到着する小さな駅だ。

 ネットの一部では酔っ払って降りそこねたら到着してしまう、中央線の果てのように扱われている場所でもある。


 観光客が多いわね。……って今は私もか。


 周囲を見て、そう心の中で呟く。

 特急列車から降りる人々の多くは外国人観光客だ。自分もその流れにのって、地元の私鉄へ乗り換えるホームへと向かう。


 向かう先である富士吉田市は外国人に人気の場所だ。

 元々国のインバウンド戦略もあって観光地として整備が進んでいたが、五重塔と桜と富士山の写真が撮れることが有名になって以降、それがさらに加速したという。


「……ここから富士山は見えないか」

 

 四両編成の電車の座席に腰掛け、窓からの景色を見ながら言う。春と梅雨の間の現在、緑は青々と茂っているが、大月駅は近くの山が視界を遮る。そのため、過去現在未来と人々を魅了するその山は見ることが出来なかった。


 一見、官公庁などのお堅い職業に就いていそうに見える彼女だが、実はそこそこの規模のゲーム会社に勤務している。大学卒業後、ずっと同じ会社に務め続けて今年で六年目だ。

 彼女の務める会社ではマスターアップ休暇として、ゲーム完成後にまとめた休みを与えられる。

 心身をリフレッシュするため、これまでその休暇をちょっと豪華な旅行などにあてていた。

 しかし今回は違った。高校を出て十年。二八歳になり、社会で仕事をそれなりにこなし、結果を出したことで色々と変化が生じてきた。

 ちょっとした人生の転機だ。

 自身でそれを強く感じる中、今度のマスターアップ休暇をどう使おうか考えた時に思いついたのが山梨行きだった。


 別にそこに何があるわけでもない。

 ただ、多感な思春期を過ごした田舎町に思い入れがあるのも事実だ。そこに行くことで今後の人生を占う何かが得られるかもしれない。


 本気でそう考えたわけではないが、少しばかりの希望を持って、高取高菜は中央線から山梨へ向かう電車に乗ったのである。


 まあ、日帰りできるってのも大きいわね。


 行き先は小さな町だし、自分にとってはよく知る場所だ。満足したらすぐ東京に帰ってしまおう。


 高菜がそんなことを考えている内に、電車はゆっくりと進み始めた。

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