結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか?
秋月一花
第1話
本日、結婚記念日を迎えた。三周年のお祝いに、料理長が腕を振るってくれた。私は夫であるマハロを待っていた。……幼馴染のポーラが体調を崩して、そのお見舞いに行ったようだ。……いつまで経っても帰ってこない、彼を待ち続けることにちょっと飽きてきた。料理はすっかりと冷めてしまい、日付もあと数分で変わってしまう。
そして、ついに――結婚記念日は過ぎ去った。
「あれ、ローラ。どうしたんだい、まだ休んでいなかったの?」
「……あなたを待っていたのよ」
「え、どうして?」
心底不思議そうにそう言われて、私は頭を抱えたくなった。結婚記念日のことを全く覚えていないようだ。わかってはいたが、傷つかないわけではない。
そりゃあね、政略結婚だもの。私に愛情がないのかもしれないけれど、せめて愛そうとする努力くらいはして欲しかった。ことあるごとに幼馴染の女性の元へ行くのをやめるとか。そんなことを言うと私のほうが悪女みたいだけど、身体が弱いという幼馴染のポーラという女性は、具合が悪くなるとマハロを呼びつけていた。
マハロが「ごめん、ポーラが具合悪くなったみたい」と言って、何度彼女の元に足を運んだのか。そして、そのたびにマハロは「後で埋め合わせするから」と言っていたが、一度たりともそんなことされたことがない。
「離婚してください」
「一体何を言っているんだ、君は……そんなこと、出来るはずないだろう?」
戸惑ったようにそう言うマハロに、私はゆっくりと息を吐いた。
「今日……いえ、昨日がなんの日か、お忘れなのですね」
「え?」
「あなたと結婚してから昨日で丁度三年目ですのよ。お忘れのようですね。――私のことを大切に出来ないのなら、私をあなたから解放してくださいませ」
ほぼ毎日のようにポーラの元へ行っていたから、マハロとの夫婦関係はない。そのことがどのくらい惨めなのか、きっと彼にはわからないだろう。
政略結婚とは言え、義務を果たそうともしない男とこれ以上一緒に居るのは無理。
そんなことを思いながら彼に向かって言葉を放つ。ああ、この言葉が鋭利のようにあなたの心に刺されば良いのに。
「い、いや、この国では女性からの離婚は許されないだろう?」
「それは夫婦関係があった場合だけですわ。私たちは白い結婚――そうですわよね、初夜でさえあなたはポーラの具合が悪くなったから、と共に夜を過ごすことがありませんでしたもの。そんなにポーラが大事なら、ポーラと結婚すればよろしかったのよ」
「出来るわけないだろう! ポーラは俺にとって妹のような存在で……」
「……妹のような存在なら、そちらを優先して私を蔑ろにして良いと? 紳士が聞いて呆れますわ。……ともかく、私はあなたとの結婚生活を続けるつもりはありません」
そう言い残して、私はその場を去ろうと立ち上がる。睨むように彼を見ると、一瞬マハロがたじろぐ。
三年間、一度も夫婦生活がないってどうなのよ……。政略結婚とは言え、こんな扱い受けるとは思わなかった。
こんな生活、もうごめんだわ!
絶対に離婚して、私は第二の人生を歩みます。
「ま、待ってくれローラ! 君と離婚するつもりはない!」
「私はあります。この家から出ていきますわ」
泣きそうな表情を浮かべながら私へ縋りつこうとするマハロに、私は冷たい表情と声できっぱりと言い放つ。政略結婚とは言え、頑張って彼を愛そうとした私がバカだった。そもそもこの政略結婚はマハロが申し込んできたものだ。
妻を愛そうと努力することもなく、ただただ不快にさせるだけの夫なんて、居ないほうがマシ。実家に戻るつもりはないから、屋敷を飛び出ようか考えたけれど、それだと離婚に不利になりそうだし……。
「では、ごきげんよう」
「ローラ!」
手を伸ばしてくるマハロ。その手をパシンと振り払って私は寝室へと向かう。寝室まで向かい、纏めていた荷物を取り出して別の部屋に向かった。ここではマハロが既成事実を作ろうとするかもしれないし。私が向かったのは、実家からついて来てくれた侍女の部屋。マハロは彼女の部屋を知らないし(屋敷の仕事はすべて私がしていた)、丁度いいわ。
深夜だと言うのに、彼女の部屋には灯りがついていた。
控えめなノックを立てると、すぐに扉が開いた。そして、私が荷物を持っていることに気付くと、急いで私を部屋に入れて鍵を掛ける。
侍女の名はナタリー。実家に居る時から私のことを気に掛けてくれた、姉のような存在。
「奥様……」
「私、マハロと離婚するわ」
「えっ、ついに決心なさったのですか!」
ぱぁっとナタリーの表情が明るくなる。私はゆっくりと首を縦に振った。ナタリーは私をベッドに座らせると、床に自分が座り私の手を取る。私を見上げるナタリーの目には涙が浮かんでいた。
「旦那様は奥様……いえ、ローラ様を蔑ろにし過ぎです! よく決心してくださいました!」
心底怒っているのがわかる。私のためにこんなに怒ってくれるのは、きっと彼女だけね。私はナタリーの心がとっても嬉しかった。
「ねぇ、ナタリー……、私、実家に戻るのも嫌なの」
「では、ローラ様の気に入る場所を見つける旅に出ましょう。ローラ様はずっと自分を殺して生きていたのですから、自分らしく生きる場所を見つけましょう」
「……一緒に探してくれる?」
「もちろんですわ、私の命はローラ様のものですから」
にこりと微笑むナタリーに、私はこくりとうなずいた。
ナタリーは私が選んだ侍女だ。小さい頃に、『ナタリーじゃないとイヤなの!』とワガママを言ったら、そのまま侍女になってくれた。その頃のナタリーはメイドの中であまり良くない扱いを受けていたみたいで、私たちはある意味運命共同体だ。
伯爵家に生まれた私は、出来の良い兄や姉から疎まれていた。出来が悪いから。兄たちはとても頭が良く、一を聞いて十を知るような人たちだった。私は……そんな伯爵家で育った私は、家族から罵られることが多く、……いや、恐らくはストレスの捌け口になっていたのだ。
「誰も私を知らない場所で、ひっそりと生きていきたい……っ」
目から大粒の涙が零れ落ちる。……ぽろぽろ、ぽろぽろと涙が落ちていく。ナタリーは私の手を離して、代わりに隣に座るとそっと私を抱きしめてくれた。
マハロから政略結婚を申し込まれた時、私は実家から出られると思い嬉しかった。これからは家族のストレスの捌け口にされなくなると……。そう思っていた。
……確かにストレスの捌け口にはされなくなった。たまに来る愚痴の手紙くらいなら、何とか心は平穏を保てた。……だけど、まさかこの屋敷に来てからこんな扱いを受けるとは思わなかった……。蔑ろにされていた私の人生……、私はもう、誰からもそんな扱いを受けたくない。
涙を流しながらそう訴える私に、ナタリーはただ黙って私を抱きしめ、背中を優しく擦ってくれた。
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