後悔

よく分からない事を言う神だなと私は思った。だが、そこに、この神の能力を知る鍵があるのだろうと思い、私は賛成した。チャンスの神は、何でも良いよという感じを出している。筋肉バカの神も渋々納得したようだ。私はもちろん、気になっていた青年を選んだ。今のところ、何でもない選手なので被る事は無いと思うが、とにかく1番に選択した。そして、チャンスの神は6戦6勝6KO中の選手を選んだ。今、話題の選手だ。恐らく、現在の世界チャンピオンより強いだろう。筋肉バカの神は、世界ランク5位の選手を選んだ。スピードに定評のある選手だ。この選手にパワーを与えるという事なのだろう。筋肉バカのくせに考えている。最後に老人風の神が選んだ選手は無名の日本人選手。全く意味が分からない。もちろん、無名と言えど、私達神は全員、その佐藤という選手の事を全て知っている。だが、世界チャンピオンになりそうな素質は無い。やはり、この神は一味違う。こんな何でもない選手を選んだ上に、最も遅く世界一になった人物を選んだ神の勝ちと言った以上、この選手が最も遅く世界一になる可能性を秘めているのだろう。選ばれた選手達は体重が違うので、直接対決は無いようだ。

各々の神は能力を使った。もちろん、私は青年のキックボクシングの能力を開花させる。そして、早くも急展開が訪れた。チャンスの神が選んだ選手が世界タイトルマッチに挑戦する権利を得たのだ。挑戦するチャンスを与えたという事だろう。そして数日後、あっさり世界チャンピオンになった。これで、他の選手が世界チャンピオンになれなければチャンスの神の勝ちだ。半年後、筋肉バカの神が選んだ選手も世界チャンピオンに挑戦する事になった。そして、こちらもあっさり世界チャンピオンになった。これで、チャンスの神の負けは確定した。さて、私の推しの青年はと言うと、キックボクシングの才能が開花し、既に自分の村を離れ、着実に勝ち続けていた。そして遂に、世界タイトルマッチに挑戦出来る事になった。下馬評でも青年の方が有利との事だ。だが、タイトルマッチ当日、想像していなかった事が起こってしまった。私は自分の行ないを悔いた。やはり、神は人間に干渉してはいけないのだと再確認した。青年の母親が病気で亡くなってしまったのだ。男手が減った事により生活がさらに苦しくなり、体調を崩し、帰らぬ人となってしまったのだ。自責の念の中、青年のタイトルマッチが始まった。母親が亡くなってしまったのは仕方無いとして、せめて勝ってくれと切に願う。

試合は第1ラウンドから青年のローキックがよく入り、優勢ながらもポイント的には互角の展開。迎えた第7ラウンド、青年はチャンピオンの連打を浴びてしまう。そして、第8ラウンド。ローキックに見せ掛けた青年のハイキックがチャンピオンの側頭部に炸裂し、ダウンを奪った。審判は大きく両手を振り、試合を止めた。

良かった。本当に良かった。私は、ふーっと大きくため息をついた。だが、喜んでもいられない。青年は幸せの絶頂から突き落とされる事になるのだから……。まだ、自分の母親が亡くなった事を知らされていないようだが、連絡が届けば、彼の性格上、自分のせいで母親を殺してしまったと思うだろう。だが、もうどうする事も出来ない。

時を同じくして、老人風の神が選んだ佐藤という日本人は、全く活躍する事無く引退した。これで私の勝ちが確定したと思ったのだが、意外にも老人風の神は負けを認めない。まだ分からないと言うのだ。もちろん、引退した後に復帰して世界一になる例もあるが、それは元々強い人の話であって、この佐藤という日本人は強くも無いし、ましてや復帰もしないだろう。老人風の神の凄い能力で、この日本人選手を世界チャンピオンに出来るのであれば、今すれば良い。しないという事は出来ないという事なのだろうと全員で結論付け、彼を無視して私の勝ちとなった。

筋肉バカの神は私に理想の筋肉を与えると言う。やっぱりかよ、と心の中で突っ込んで、まあ別にどんな体になっても大差無いと思いながら自分の体を見る。なんと、予想以上に格好良くなっているではないか。当然、ゴリゴリのマッチョにされると思っていたのだが、適度な筋肉で、一言で言うなら、まさにキックボクサー体型だ。実は、私は少しだけ、自分の貧相な体を気にしていた。と言っても、何の弊害も無いし、意識していなかったのだが、見栄えが良いに越した事は無い。筋肉バカの神に期待していなかった分、かなり得をした気がしている。さて、次はチャンスの神の番だ。どんなチャンスを私に与えてくれるのだろうか。すると、関係の無い神がこちらへ向かってきた。大きな羽が背中に付いていて、大きな鎌を持っている。ん? まさか……。彼は時の神では無いか? これは偶然では無い。チャンスの神が私にチャンスを与えてくれたのだ! 私は思い切って声を掛ける。

「すみません。時を2年戻してもらいたいのですが……」

「承知した」

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