第28話 ある日の記録 メメント

「見て、これ。ママに貰ったの」

私はグリーンのクロシェ編みが入ったバケットハットをかぶって、洗面台の前で歯磨きをしているMの横に並んだ。

鏡には私とMが映っている。

「可愛くない?」

Mはニコニコ顔の私に視線を移し、歯磨き粉をぺっとした後、

「おう、似おうてんで」と言い、私の頭から帽子を奪うと自分の頭に乗せた。

「俺がかぶっても可愛いな」

バケットハットの下からMのくりんとカールがかった黒髪がのぞく。

Mは顔がいいから何でも似合う。

鏡越しの二人、この画角で写真に残しておきたい。

まるで恋人同士みたいだったから。


「メメント観たことある?」

「高校生の時に観たけどよくわかんなかった記憶がある」

ソファに移動すると、Mが見掛けの映画を流す。

「これな、記憶が10分しか持たんねん。だから映画も10分前に戻んねん。」

Mは私のおなかを枕にして寝ころぶ。

私はMの少し硬い黒髪をなでる。

「だから主人公タトゥー入れてるんだっけ?」

「しっ!言わんとって。」

Mはネタバレをこよなく憎んでいる。

「わかってるよ、私ももう内容忘れてるし。」


しかし時刻は深夜2時、Mの瞼は重そうだ。

「あかん、寝てた。ちょっと巻きもどそか」を3回繰り返した。

「ほんまにメメントやな」


結局、映画は全部観れなかった。

最後まで観れなかった映画が私とMにはたくさんある。

続きを観る約束はしない。




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