第18話  絞め殺しの蔦

 旧脱出路は罠らしい罠もなく、足場が悪い以外はスムーズに進むことができた。困ったことと言えば、光が手持ちの懐中電灯しかないということと、ログスの巨体が瓦礫に引っ掛かることくらいだ。


 そして、最奥部とおぼしき場所まで辿り着いた。

 天井も幅員も広がり、石組みの壁が目の前を塞いでいる。規模は、トンネル建設の先端部、もしくは体育館の短辺の壁といったところだ。下半分は瓦礫で埋まっている。それが人為的なものなのか自然にそうなったのかは、俺には判断できない。だが、何というか……『始発』感みたいなものが伝わってくる。


「ここ、だな」

「ここ、ですね」


 冒険を終えた互いの顔を確認する。


「俺たちは落ちてきたわけだから……」

「この上に、わたくしたちが目指す出口があるはずです」

「よし!」


 と言ったものの……さて、どうやって上に登ろうか。

 天井はさっき落下してきた場所と似ている。無数の穴があり、そのうちいくつかは四角に整えられている。人工的に作られた落とし穴の出口なのだろう。

 問題はどの穴を辿れば目的の場所に着くか、それから高さ七メートルはあろうかという天井にどうやって取りつくか、ということだ。


「よっ」


 早速、【顕術けんじゅつ】で二メートルの脚立を創り出し、登ってみる。うーん、かなり足りない。


「それなら……せえ、のっ」


 次に創り出したのは、平台――二重舞台を作るための台だ。現れたのは、一人でも運搬できる三尺×六尺サブロクサイズ。高足たかあしを噛ませて高さ七十センチの舞台を作り、その上に脚立を乗せる。……っ、これはかなり怖い……が、まだ足りない。


「くっ。高足二段重ね……か? いや、危険すぎる」

「ねえ、カイ」


 脚立を下り、平台に立ったところで、ログスが話しかけてきた。


「何だ、ログス?」

「落とし穴の入り口まで、この子に運んでもらいませんか?」


 ログスが手を差し出す。その腕に巻きつき、鎌首をもたげた物体は……


「『絞め殺しの蔦』!」


 通常は密林に潜み、冒険者の身体を引っかけて樹上に引き摺り上げた後に絞め殺し、養分を吸う植物系モンスターだ。そいつがこんな闇の中に生息し、しかもログスに懐いている。


「『絞め殺しの蔦』に『この子』って……大丈夫なのか?」

「わたくしのお友だちですよ? 思えば、酷い名前を付けられたものです」


 ガファス高官もしかしたら皇女?のお友だちが『絞め殺しの蔦』とは……言われてみればあり得る話……か?


「そ……そうなのか」

「力持ちですから、わたくしとカイくらいなら軽々持ち上げますよ」

「じゃあ、頼んでみようかな」


 早速、ロープを創り出す。長さは……二十メートルもあればいいか。フィールド・アスレチックの縄梯子とかを作ってもよかったけど、長くするには時間が掛かりそうだからな。こいつを脚立に結びつけて、脚立に乗った俺とログスを引き上げてもらうって計画だ。


「じゃあ、ロープを落とし穴の口まで運んでほしいわけだが……」


 言葉が通じている気配がない。上を指差したときだけ、ちらっと枝先を持ち上げたくらいだ。


「どうしようか?」

「身振りとか、どうでしょう」


 身振りか。それなら何とかなりそうだ。

 俺は早速、身体表現で『絞め殺しの蔦』に指令を伝える。


 ぴっぴっ(天井の穴から)、すかすか(上の通路に繋がる場所を)、くいくい(探して這い上がり)、ぴゅるぴゅる(ロープを下ろせ)。ぐっぐっ(俺たちの荷重が掛かったら)きゅんきゅん(引き上げろ)。


 『絞め殺しの蔦』は、即座にロープの端を巻き取ると、十メートル以上あろうかという身体をくねらせて壁を這い上り、天井の穴の一つに入っていった。穴からはついにロープだけしか見えなくなり、それも引き上げられると脚立がロープに引かれて立ち上がる。


「カイ、凄いです! 『絞め殺しの蔦』にあそこまで正確な芸をさせることができるなんて!」

「いやあ、むしろ俺の芸が身を助けたようだな。さ、梯子に掴まって!」


 俺とログスを乗せた脚立は、サーカスのゴンドラのように天井の穴へと引き込まれていく。

 ぶち破られた蓋から顔を出すと、そこは最初に潜り込んだのと同じ、精密に積み上げられた石造りの回廊だった。


 床に立つと、『絞め殺しの蔦』はしゅるしゅると宙を舞い、俺の左手にある【召喚】の痣に吸い込まれていった。

 図らずも、新しい仲間をゲットした。


 よし、幸先がいいうちに先に進もう。

 目の前に広がる光景は、そろそろ見飽きた十字路だ。左右は通路が続いているが、今回は正面に扉がある。


「あれ、だな」

「あれ、です」


 どちらからともなく、顔を見合わせる。恐る恐るノブを引くと扉は呆気なく開き、俺たちを小部屋へといざなった。小部屋の奥には階段が見える。


「行きましょう」


 今度はログスが階段へと先行する。足取りが軽そうだ。どうやらこの辺りはもうログスが勝手を知るエリアなのだろう。


「この先は、災害時用の倉庫になっています。戦時も使われない倉庫ですから、安全に休めると思います」


 階段を上りきると、確かにそこはしばらく人が入った気配のない倉庫になっていた。何百というマント、樽、干し肉、薪……日本人の俺に言わせると災害時用としては若干足りない気がするが、王族以外の者も守ろうとする気概を感じる量だ。

 脱出路からの扉は、しっかり閉めると壁の模様にぴったりと収まった。そこに扉があることを知る者でも見分けがつかないほどだ。


 ふう、とログスが一息吐く。


「ずっと歩き詰めで疲れましたね。安全だと思うと、何だか眠くなってきました。少し、休みましょう」

「ま、確かに疲れふぁ……」


 無事に地下通路を脱出できて気が緩んだか、語尾に欠伸が重なる。綺麗に積み上げられたマントの山に背を預けると、睡魔がとどめを刺しに来た。

 それにしても、だ。


「敵のはずのあんたが横にいるってのに、なぜか安心して眠れそうだよ」

「うふっ」


 ログスが隣に腰を下ろし、肩を寄せてくる。

 だんだん野太い声も巨体も気にならなくなってきた。


「カイ。それはわたくしの台詞です……」


 そして俺の意識はログスより先に闇に落ちていった。

 きっとログスは自分が先だと思っているに違いない……

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