第14話 一周回って敵の方がマシ
俺の背中を刺したのは、仲間の魔術師……フェリオロ。
その事実は、揺らいでいた勇者の絶対性を打ち砕くのに十分すぎた。
「衝撃を受けるのは無理もありません。ずっと背中を預けてきた仲間なのでしょうから。ですが、わたくしは見ました。魔術師が鍵のような短剣であなたの背中を刺し、そこから何かを取り出すのを」
「おいおい、冗談はやめてくれ……」
自分の声に張りがなく、微かに震えているのが自覚できる。
鍵のような短剣で何かを取り出す?
それは間違いなく『
勇者の身を守るため、万が一にも持ち出されないようエルナールの宮廷魔術師団が厳重に保管しているはずの『聖鍵』。それが、フェリオロによって持ち出され、敵の真っ只中で使用され、さらにはチートアイテムが抜き取られた。
フェリオロが使い方を知っていたとなると、単独の窃盗なんかではなく、恐らく宮廷魔術師団の中に、俺を陥れようとした奴がいるということになるんじゃないか?
「冗談ではありません。あなたと一緒に投獄されていた者も、仲間の裏切りに気を取られて深手を負ったのですから」
フォリックほどの使い手が気づいたらやられていたのには、そんな理由があったのか。
俺が仲間だと思っていた連中……一体誰が本当の仲間だったんだ?
そんなパーティに命を預けていた俺って……
「ほ……他には? ルグノーラ、とか」
「ああ、あの女ですか」
ログスは反吐が出ると言わんばかりの口調で吐き捨てる。
「戦いの後、あの女と魔術師は我々の目こぼしで逃げていきました。生きたまま城を抜け出し、また生きて地下牢まで潜入するなど、図々しいほどの逞しさです。あの女たちが去った後、あなたの肉体をどうするかについて話し合いが行われました。わたくしが、生きているうちは預かりたいと言ったので投獄することになったのです」
一呼吸するログス。きっと兜の奥は猜疑心で顔を歪めているに違いない。
「まさか重鎮である『貨の王』ガシェールムが、陛下の殺害に手を貸していたとは……国賊を討伐したとは言え、陛下のご遺体を放置して勇者の肉をどうするかの相談など……もっと怪しむべきだったのかも知れません。でも、そんな素振りはできなかった……」
ログスは籠手の指先で兜の眉間の辺りを摘むような仕草をして首を振った。
ルグノーラはシロ、なのか?
今のところ、フェリオロにやられたということしか確認できていないが、今はわざわざ助けに来てくれたルグノーラを信用するしかない。
「わかった……ようなわからないような。今はお互いに疑わしい仲間がいて、一周回って敵の方がマシって状態か」
「そう、ですね。まずは円滑な捕虜交換のため、無事に城から出られるよう取りはからいますので」
ログスが立ち上がる。どうやら話は終わりのようだ。
扉が開かれると、ルグノーラとバブレーフが待っていた。
「ご命令通り、シングルルームを二つ、ご用意しましたー」
バブレーフが最敬礼すると、ログスは鷹揚に頷いた。
「ご苦労様」
「えー、ダブルじゃないのぉ?」
すかさず危険な不平を口にするルグノーラを慌てて窘める。
「ルグノーラ、せっかく悠々とした部屋を用意してくれたんだ。ありがたく使わせてもらおうよ。ログスは捕虜交換がしたいようだし、きっと闇討ちや毒殺なんかは……?」
「ええ。そんなことをしては『道化の王』の名に傷が付きます」
一応言ってみただけだ。色よい返事がもらえたことだし、今日はゆっくりと――貞操の危機からも解放されて――眠れそうだ。
「ふー」
綺麗な壁と天井。フカフカな布団。牢屋を改装したのとは根本的に違う、敵陣とは思えない快適さだ。
俺はログスにとっては一応「捕虜」という肩書きのようだが、廊下にも人の気配がないし、パッと見、警備もザルだ。
一度倒した勇者を侮っているのかも知れないし、逃がさない自信があるのかも知れない。
ログスについていくのか、逃げるのか、どちらにしても今はちょっとだけ緊張をほぐしたい。
ああ、睡魔が……布団を掛けると寝入ってしまいそうだから、ベッドの上でちょとだけ横に……
コンコンコン。
何か聞こえた……ノックかな……隣室のルグノーラが荷物でもぶつけたのかも知れない……きっとそうだ……
ゴンゴンゴン。
な、何だ一体……まさか、ルグノーラが昨日の続きを⁉ 湯浴みくらいしておけばよかったか?
ゴギッ、グメキョッ、バターン。
「いやーっ! まだ心の準備がぁ~!」
「何、恥ずかしいこと口走っているんですかっ⁉」
扉を破壊した戸枠の中で窮屈そうに収まっていたのは、ルグノーラではなく、ログスだった。先刻までの泰然とした雰囲気がない。
「わ……悪い。てっきり別人かと……」
「別人って……いえ、それは後です。カイ、あなたの討伐令が下されました。今すぐ逃げますよ!」
「討伐⁉」
売られたか?
いや、それならなぜログスが知らせに来る? ……この男は大丈夫だ。
宿までの道中、変装もせずログスについて歩いてしまった。目撃者の誰かが通報してもおかしくない。
「バブレーフが密告した?」
「いえ。追っ手の存在を教えてくれたのはバブレーフです」
そうか。バブレーフのお陰で、いち早く危機を知ることができたのか。忠実な人で助かった。
「何? 何の騒ぎ?」
そこにルグノーラが顔を出す。完全装備でリュックまで背負った出で立ちから察するに、何か起きるか何か起こすかという腹づもりだったようだ。
「ルグノーラ、逃げることになった」
「ってことは、こいつらをまず血祭りに?」
「違う! ログスとバブレーフが教えてくれたんだ」
「あはっ、早とちりしちゃった」
呆れつつも脱出の準備を整える。
俺たちは階段を駆け下り、豪奢なロビーを抜け、夜道へと飛び出した。一人を除いて。
「バブレーフ、どうしたのです?」
「ログス様、ごめんなさーい。私はここまででーす」
「どういうことですか?」
ログスが詰め寄るが、バブレーフは深々と頭を下げてやんわりと拒絶した。
「実は……ログス様にも、勇者を庇った咎で捕縛命令が出ているのでーす。きっと発令したのは、ガシェールム様かモルサル様だと思いますが……私は一部将。ここで見なかったふりをするのが精一杯でーす」
「え……」
ログスが一歩、二歩と後ずさる。座り込みたいのを懸命に堪えている様子だ。
「わ……わたくしは……ただ、命のけじめを……」
さっきまでは威厳に溢れていた低い声が、震えている。俺の命を助けたばかりに、裏切り者扱いされてしまったのか。
ルグノーラを見ると、さすがに僅かな同情の表情を滲ませていたが、俺が見ているのに気づくと、いつものクールな面様に戻ってしまった。
ルグノーラの言いたいことはわかる。
ログスはガファス人。何かの行き違いがあっても、弁明の機会があるかも知れない。
でも、こっちは皇帝殺しで囚人で脱獄者。追っ手イコール命の危機なのだ。
「……ログス、ごめん。助けてくれたのは感謝してるけど、ここで捕まったら、俺たちは確実に殺される。だから……逃げさせてもらうから」
ルグノーラが手を引く。追っ手が押し寄せる前にだだっ広いこのフロアを抜けないと、敵の迎撃に支障をきたすからな。
「ま……待ってください」
夕方に渡った十字路まで走り掛けたとき、ログスが後ろから追いかけてきた。彼は振り向いた俺たちの後ろに追い縋り、肘の間合いほども兜を近づけると、声を潜めた。
「この裏に、城の地下へと繋がる秘密の通路があります。ご案内します」
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