何処へ

第94話 絶句

 柔らかい唇の感触が僅かに残る、自宅に帰ってきた俺は部屋の電気も点けずにベッドに寝転び、無意識に指先で自分の唇を触っていた。


 季三月との初めてのキスは思考が止まっていたのか殆ど覚えていない。覚えているのは身体の感覚……唇の感触と息遣い、そして、お互いのまつ毛が触れ合ったこと……。


 あの後、季三月は無言のまま、帰るまで俺と目も合わせなかった。


 彼女の気持ちは痛いほど伝わって来たが、季三月は最後まで俺を好きだと言ってくれる気は無いらしい。


 俺は深夜まで天井を眺めながら季三月のことばかり考え、目が冴えてとても眠れなくなってしまった。


 ベッドから起き上がった俺は机に向いノートPCを起動して小説投稿サイト開き、書きかけの小説に目を通し、キーボードに手を添えた。



 ◆     ◆     ◇



 週明け初日の登校、俺は三笠新城駅で季三月を待っていた。はっきり言って恥ずかしい、季三月とキスをして以来、初の再会だから。


「遅え……次の電車逃したら遅刻すっぞ」


 仕方ない、俺は一人でホームに向かいながらSNSで季三月に『先行ってるぞ』とメッセージを送った。


 高校へ向かう二駅の短い時間に、俺はスマホのメッセージ欄を確認したが、既読にはなっていなかった。何だよ季三月の奴、照れすぎて登校拒否かよ? 遅刻しそうなんだから連絡くらい寄越してくれればいいのに……。



 教室に入ると、やっぱり季三月は登校していなかった。俺が席に着くと時間もギリギリだった事もあり男性担任が入って来て直ぐに朝のホームルームが始まる。


 先生は、挨拶をして開口一番に「皆さんにお知らせがあります。季三月さんは転校しました」とクラスメイトに伝えた。


 は? 何…………? 今、何て言った?


 クラス全体がザワ付き、驚いた様子の中倉と苗咲が席から俺の顔をマジマジと眺めた。


「先生……それって……本当ですか?」


 自分の声が震えている、余りの衝撃に頭がフリーズしかける。


「大神、本当だ。先生も今朝聞いたばかりで困惑しているよ」


「嘘だ……そんな筈……」


 先生は言った。


「大神は何時も季三月を気に掛けてくれていたからショックかも知れないが事実だ」


 俺は席から立ち上がり、衝動的に教室を飛び出し、訳も分からず駅に向かって走り出した。


 背後から「大神っ!」と中倉が叫び、苗咲は廊下に飛び出して「大神、頼んだわよっ!」と声を張り上げた。

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