第59話 際どいアングル
緑のマントを巻き黄色いマフラーを首に結んだデカイ丸い頭の異彩を放つ男。駅前広場のど真ん中にポツンと立っているそのキャラは、時たまカメラを持った男が前を通り過ぎる際に立ち止まり写真を撮られている。
俺はたまらず、いきなり噴き出し笑いをして山根に変な顔で見られてしまった。
「あれ見ろよ」
コスプレをした中倉を指差して俺は苦笑いを浮かべ山根に言った。
山根は爆笑して「行こうよ!」と言って俺の手を引っ張り、紺のキュロットスカートから出た長い足を踏み出して中倉の元へ向かう。
俺と山根は中倉の背後からそっと近づいて声を掛けた。
体をビクッとさせて中倉はキョロキョロしているが視界に俺達は入っていない模様。
中倉は籠った声で言った。
「おい、脅かすなよ」
山根は嬉しそうに中倉の背中をバシバシ叩いて笑いながら言った。
「中倉、最高だよ! 悪目立ちしてるから大賞頂きかもね」
そう、これは只のコスプレイベントでは無い、投票で順位が決まる大会なのである。
美人レイヤーに目を奪われがちだが、美人だからと言って勝てるわけではない。キャラになりきっているか、まあ言うなれば出来が良くないと勝てないみたいだ。
肌成分が高い美人レイヤーがカメラを構える男達には大人気だが、通りすがりの一般人にはエロ過ぎて顔をしかめる人もいる、そんな中では中倉のようなゲームの決して主人公ではないがインパクトのあるキャラの方が票を稼げるかもしれない。
季三月はと言うとスク水にセーラー服姿で露出は女性レイヤーの中では普通だ、けど衣装の組み合わせがマニア受けし過ぎるだろ、ハッキリ言ってエッチだぞお前。
遠方のステージで大歓声が上がり、俺達は振り返って目を細める。
司会のアナウンサーがスペシャルゲストを紹介した。
「大人気コスプレイヤーのきなこさんです! 大きな拍手でお迎えください!」
中倉は被り物の中で叫んだ。
「げ⁉ きなこ来てるのかよ! こんな事やってる場合じゃ無いだろ!」
駅前広場に大勢いた見物人が一気にステージ側に移動して、閑散とする撮影エリア。
そんな中、季三月はカメラ小僧を釘付けにして奮戦中。
俺は囲いの緩んだ季三月に近づいて、彼女のお父さんの形見だという一眼レフカメラを構える。
俺に気づいた季三月は目を合わせてニコリと微笑み、俺にポーズを何度も決めた。
やべえ、ドキドキする。コスプレ衣装に身を包んだ季三月がファインダーの中でドアップになり、俺は夢中でシャッターを切る。
カメラ小僧の気持ちが分かった気がする、これはハマりそうだ。
俺はカメラの腕が無い、だから下手な鉄砲とばかりに大量の写真を撮った。
これだけ撮れば何枚かは良い写真がある筈だ。
ファインダーから目を放すと周りの男たちは季三月に色々なポーズを求め、季三月は求められるままに芝生に腰を下ろして微笑んだ。
カメラを構えたオヤジが地面すれすれに伏せてシャッターを切っている。オイ、どこ撮ってんだよ! 俺はレンズの前に足を置き、撮影を妨害する。
「お兄ちゃん、邪魔! どきなよ!」
小太りのオヤジが俺を下から睨んだ。
「邪魔してんだよ! このエロじじい!」
「な、何だよお前? これが撮影会だろ! 素人が舐めた事言ってんじゃないよ!」
他の参加者もオヤジに加勢して来る。
「レイヤーだってそれくらい分かってて参加してるんだよ! ガキが!」
季三月は驚いて立ち上がると俺に飛びついて言った。
「やめてよ大神、喧嘩しないで!」
「お前分かってんのか? さっきからエロい写真撮られてるの」
キッと季三月は俺を睨んだ。
「分かってるよ、そんな事くらい!」
口を尖らせた季三月は俺から目を逸らして俯いた。
「それでもやってみようと思って参加したんだから……」
俺はその言葉にドキッとしてしまった、そんな覚悟の上で参加してたのかよ……。
なるほど、それなら今まで参加を躊躇って来た事も頷けるし、朝、無理だと言って怖気づいたのも分かる気がした。
『それでもやってみたい』季三月の一大決心を見守る事にして、俺はその場を離れた。
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