第10話 遭遇

「うわわわっ!」


 彼女は変な声を出した。


 黒いパーカーの首元にバニラソフトがベチャっと倒れ、季三月はまたフリーズした。


「ご、ごめんな季三月、取り敢えずパーカー脱いで」


「うう、うん」


 動揺の激しい季三月はカクカクとした動きでパーカーのファスナーを下げた。


「あっ‼」


「えっ⁈」


 俺もフリーズした、黒いパーカーの中がバニーガールのような恰好の季三月、胸の谷間に溶けたソフトクリームの白い液体が流れて行く。


 その映像は俺の脳の愛蔵版保管庫に仕舞われ、思わずゴクリと喉を鳴らしてしまった。


「ち、ち、ち」


 顔が一気に真っ赤になった季三月はパーカーのファスナーをギュッと上げ、「違う!」と叫んでフードを被ってゲーセンの外に向かって駆け出した。


 中倉は目を丸くしたまま脳裏に焼き付いた今の映像を反芻しているのか、まるで動かない。


「中倉、また明日な!」


 俺は彼に一方的に別れを告げ、季三月の後を追った。


 店を飛び出して駅前のアーケード街に出ると遠くで黒いパーカーのフードを被った奴が走っているのが見えた、流石コミュ症、逃げ足だけは早い。


 バカだなアイツ、フード被って走ってる方が目立つっての、地味に普通に歩いている方が見つかりにくいぞ。


 フードを被った人間は路地を左に曲がった、早く捕まえないとアイツまた登校拒否しちまう。


 俺も季三月の曲がった方向へ路地を進むと彼女の姿は無かった。


 絶対近くにいる筈だ、俺はゆっくりと歩き、視線だけを左右に動かした。


 居た、雑居ビルの間に。俺は一度そこを通り過ぎ、ビルの壁際に沿って戻り季三月の居る隙間に向かって姿を見せずに話しかけた。


「季三月、ごめんな、俺が服汚したばっかりにお前に恥ずかしい思いさせて」


 反応が無い、逃げられたか? 


「消して、こないだの写真」


 彼女の声がビルに反射して響いた。


「そうだったな、約束してたし、今消すから見てくれ」


 俺は雑居ビルの隙間にスマホだけを手を伸ばして見せ、写真を彼女の目の前で消去した。


「確認したよ」


 季三月の声が聞こえたが、それっきり彼女は居なくなったかの如く存在感を消した。


「なあ、季三月、お詫びって訳じゃ無いけどアイス食いに行かないか? あそこのアイス美味かったぞ、一口しか食って無いけど……もちろん驕りだから」


「いい」


「いいって、OKのいい?」

「NOのいいだよ」


「行こうぜ」

「行かない」


「頼むよ」

「頼まれない」


「お願いします」

「お願いされません」


 俺はビルの隙間に手を差し出した、出口を塞ぐほどに。


 彼女から反応は無い、しかし俺は一分以上その手を出し続けた。


 ダメか、そう思った時、俺の手を季三月がパシっと叩いて隙間からフードを脱ぎながら可愛い顔を出した。


「もう、しつこい」


 少し口を尖らせて彼女はボソッと言った。


「いいのか?」


 俺は驚いて彼女に確認した。


「いいよ、溶けたアイスで手がペタペタするから洗いたいし」


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