いちばん好きな人とは結ばれない

たかつ みよし

第1話 心の扉

受験・・・中学卒業・・・それぞれ進む高校・・・


日常生活の空気も天気さえも曇天が続き、身も心も極寒の高校受験の季節が終わった。そして、穏やかな春の季節がやってきて、三希の心の扉を開こうとしていた。


三希は、市内の商業高校に合格し、無事に入学式を迎えた。県下でも有名な伝統校であるその高校は、制服もブレザーとスカート。そして、女子なのに、ネクタイを毎日締めて登校する学校である。

開校当時の140年前は男子校だった。その名残が女子制服のネクタイに残っているようだ。周りの高校は流行りのデザイナーによる制服に刷新していく中で、三希の高校は、頑なに男子は学ラン、女子はずーっと、このネクタイとブレザーである。

衣替えの季節になると、さすがにブレザーはなくなるが、ブラウスとスカートとはならない。ブラウスの上にベストを着用する。男子校から共学になり始めの頃、女子生徒の数は圧倒的に少なかったため、制服を考案した大人たちが、女子生徒の制服が下着で透けることのないように配慮してのことだったらしい。

三希はどの季節の制服も大好きだった。男に下着の透けで媚びるような制服に身を包みたくなかった。中学の白のセーラー服の夏服が大嫌いだった。


 入学が決まり、まずはネクタイの締め方から練習をして、大人の階段を1段上がった気分になっていた。

それに加えて、今までは毎日1キロの通学路を歩いて登校していたけれど、自宅の目の前にあるバス停からバスにとび乗って、15分程バスに揺られ、終点のターミナルで降りる。そこから今度は、三希の高校行きのバスに乗り換えて、合計約40分かけて登校するバス通学であった。憧れの「定期券」を携えて。。。


 中学までは、バスや電車を降りるときに大人たちの定期券を差し出す姿に憧れていた。自分がその憧れの世界に一歩踏み出した。

くたびれたサラリーマンや三希と同じような学生で、毎日の通学バスの中は満員だった。


 入学してすぐに毎朝、1年生は8時からの校歌と応援歌の練習で1日が始まった。2,3年生の応援団の怖い男の先輩たちが見回りに来るのだ、ゾロゾロと。女子だろうと全校放送で流れる校歌や応援歌を大きな声で歌わなければ、容赦ない怒鳴り声が校舎中に響く。

各クラスに1人、2年生の応援団の先輩がまず配置され、その先輩が一番前でどのようにして発声するのか、また、応援歌の時にどのように拍手をするかなど、細かく指示をしていくのだ。1発で覚えなくては、見回りのもっと怖い3年の先輩たちに、この2年生の先輩も怒られる上に、自分達も怒られるのだ。校歌と応援歌が載っている生徒手帳が、ボロボロになるくらい、家でもバスの中でも校歌と応援歌を暗記した。しまくった。まさにテスト勉強並みである。入学したばかりだというのに、大抵の生徒の生徒手帳はこの1週間でボロボロになるのだ。

 入学してすぐに行われる学力テストの勉強なんて、だれ一人やっていなかった。みんな校歌と6曲の応援歌とそれらに付随する拍手の練習、掛け声を覚える事に余念がなかった。

三希は一番後ろの席だったので、見回りの先輩たちの怖さに失神を起こしそうな毎日だった。先輩たちは声が小さいと「もっと出せー!!」と怒鳴り、三希の後ろにあるロッカーを蹴るのである。泣き出したくなる毎日だった。左隣の席は、軟式野球部の中村。無口な彼でも怯えている事は三希にも分かった。右隣は硬式野球部のマコト。彼は兄が2つ上の野球部にいるため、この新入生の「行事」は聞いていたらしい。毎日、怯える三希に「さっき、大丈夫だった?」とロッカーを蹴った後などは心配して声をかけてくれた。マコトが居てくれると何となく安心でもあった。

 でも、そんな応援団の先輩たちも、その1週間の練習が終わった後は、とても優しかった。どこで会っても、「こんにちは」と挨拶すると「ウス!!」と優しく返してくれた。いわゆる新入生への洗礼のようなものかもしれない。


 今の時代に同じことをしたら、モンスターな親たちが学校に怒鳴り込んできたかもしれない。とても良い時代に高校生活を送れたことを今でも感謝している。だって、怖かったことも含めて良い思い出だからだ。今の時代を生きる若者は、親がしゃしゃり出てくるのだから、折角の学校生活も台無しだ、と三希は今、想う。


 そして、この学校は共学になったとはいえ、女子の人数が圧倒的に少なかったので、「男子は女子を守るべし!」という校風だったから、三希は常に「戦闘態勢」でいなければならなかった、中学までの環境と180度違うことも、この学校の大好きなところだった。


 三希の1年生の学校生活は、甲子園常連校の高校だけあって、野球部が強く、三希が1年生の夏に甲子園に行けそうな実力はあったものの、残念ながら、県大会準決勝で敗れた残念な夏休みが最高の思い出だった。


 2年生ではクラス替えがあって、野球部の折角仲良くなったマコトと離れ離れになり、お互い寂しいね・・と漏らしたことが「小さな恋」だったことは、ずっと後になって気付いた。席替えをしても、いつも三希は、マコトの左隣だった。何故、いつも隣だったのか?偶然だったのか、今となっては思い出せない。

今になって思えば、そのマコトともっと良い形で恋愛に発展していたら、三希は今、日本にいないのかもしれない。遠いアメリカの地に永住していた事だろう、などと空想力豊かな彼女は大人になった今、考える。

 マコトは、卒業後、アメリカに渡って事業を起こしたのである。高校1年生の時はいつも2人一緒だった。2年生になって離れた後、どちらからともなく「付き合おうか・・」となったのだけど、どこかギクシャクして長続きしなかったのである。きっと、高校卒業してからの方がうまく付き合えたのかもしれない。二人とも「みんなの目」が気になって思うようにつきあえなかったのだ。三希とマコトのほろ苦い恋の季節は高校2年生の夏に終わっていた。


 2年生のバス通学は、1年生が入学してきたこともあり、朝の車内メンバーが大きく変わっていた。1年生の頃、三希が乗る時間のバスの車内は、3年生が多かったのだと2年生になって気付いた。2年生になってからの車内は、運動部が多い気がしていた。


 2年生の夏も甲子園への出場には至らなかった。甲子園は「夢」なのかもしれない。そんな諦めかけた気持ちは、勿論、野球部には言えないけれど感じていた。三希の学年の野球部のメンバーよりも断然、その時の3年生やその前年の3年生の方の実力が上であることは素人でも分かっていた。野球部には来年が最後だから甲子園に連れて行ってよ、などと三希は言っていたけれど、内心少しあきらめてもいた。


 2年生の終わり頃になると、友達関係に三希は疲れていた。自分に何かされた、というよりは、友達の生活態度が彼女にとって理解しがたい出来事が続いたのである。


それでも、三希はこの高校生活が大好きだった。大人になってからも、おばあちゃんになったとしても、人生でこの3年間に勝る季節はどこにも見当たらない、と思えるほどだった。


そして、高校生活最後の3年の春がやってきた・・・


彼女の高校生活は相変わらず楽しくて、毎日がお祭りみたいだった・・・ただ、女友達の近しい2人が続けて妊娠して、赤ちゃんを堕胎させるという、女性としてはショッキングな出来事が2年生の終わりにあって、三希はどこか心が晴れやかな気分になれなかった。

どの男子生徒を見ていても、どこか軽蔑する気持ちや不潔だ、と思う気持ちがフツフツとあり、男子はみんな無責任な穢れた生き物なのか?と疑ってみたりするような、自分でもその気持ちと、どう向き合って良いのか分からない複雑な気持ちを抱えていた。


そして、高校最後の3年生が始まった。


 女友達は2人とも春休みの間に「手術」をすませて、学校を休むことなく登校してきていた。2人とも父親となる人は社会人だったので、うまいこと乗り越えたのだろう。彼女たち2人の周りの友人たちは「カンパ」を求めてきたが、三希は応じなかった。カンパしたら、男の思うつぼだ。責任は当人2人がキチンと背負わなくては、赤ちゃんがあまりにも可哀想だ。次に「命」を与えられるときは、間違いなく永く愛される「命」であってほしいからだ。


 三希の倫理観は、同世代からは少し、理解しがたいものがあった。自身でもそれに気付いていたので、こういう「カンパ」に加わらない立ち位置に努めていた。理解してもらおうともせず、自分の倫理観については、一切話さなかった。


 2人のうちの1人は、その後、その人と結婚し、とても幸せになっている。もう一人は、その後別れ、彼女は全く別の男性と結婚して、こちらもとても幸せそうである。ただ・・・あの時は5歳くらい年上の人だったのに対し、結婚相手は5歳年下の旦那さんだった。「結婚」って何がキッカケかわからないものだ。


 さてさて・・・三希たち3年生の皆が自分の将来に向き合わなければならない夏が目の前にやってきた。どこか恐ろしいゴールが突きつけられているようで複雑な時期でもあった。この決断を一歩間違えれば、一生を間違えてしまうのではないか?と思える、見えない恐怖と自分に進むべき道があるのか?という不安と・・・。

そして、今のこの楽しい時間がいつまでも続いてくれたらいいのに、と浮かれた気持ちと、早く大人になりたい気持ち・・・文字通り複雑なお年頃の季節であった。

大人になれば、そんなに焦らなくてもいいのよ、って分かる事でも、その時の自分たちは、自分たちが持っている情報が「全て」で自分たちの目の前にある世界が「全て」だと錯覚すら起こしているのだから仕方がないのかもしれない。大人たちがこの多感な時に上手くフォロー出来るかどうかが大事だな、と後になって痛感した。


 三希の通う高校は、野球部を筆頭に運動部や吹奏楽部などの文化部も含めて、トータル的にどの部活動も活発で、どの部活も他校から強豪校と呼ばれている。そして、今この季節は3年生のみんなが最後の戦いを前に忙しくなる春でもあった。三希自身の部活も文化部ではあったが、県内では常に優勝するような部活だった。


高校生活最後の一年・・・


 絶対に悔いのない生活にしよう!と三希は心から思っていたし、願っていた。友人2人のようなことで「今」を立ち止まらせたくなかった。この2年間「何が?」と聞かれても答えようがないが、本当に充実した楽しい毎日だった。

初めて自分で自分の人生にレールを敷きながら、前に進んでいる実感も少しあった。

中学までの自分は、何事も両親から言われるがままにしか決めさせてもらえなかったし、自分の思考も停止していた。でも、高校に入ってからは違った。三希の心の扉が初めて開かれたのだ。

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