その6④「音ゲーでぎゅっとしちゃおう? 2」
「こ、これってどうや……る、ん……です、かっ……」
「と、とりあえず……これは流れてくる色の塊をさわればっ……いいだけ、だよ」
「っん、うん」
僕たちが入ったのは一人用のリズムゲーム機の台だった。
リズムゲーム。または音ゲームとも言う。
簡単にその構造を説明するのなら——上から四角い色が下りてきて、それを手元のタッチパネルで順々に叩いていくという単純な物だ。
スマホゲームでも採用されがちなシステムではあるが逆にそのシンプルで単純さが難しさの所以であり、その難易度は曲によって様々である。
100円を入れて、まずは一曲目。
今流行りの「夜に走る」を選択する地味。
恐らくそれは、アニオタであるという本性を隠している一般的な僕でも知っている曲にしようという心がけに見受けられる。————ほんと、僕。泣いちゃうぞ? なんて……なんていい子なんだ、地味は。
そんな風に涙を流すかのように自らの下唇を噛み締めながら僕は頷いた。
そして、記念すべき一発目が今まさに叩かれようとしていたところで僕は大変重要なことに気が付いた。
「……ぁ、ちょっ」
すると、漏れ出す声。
リズムに合わせ、ぎこちない手を振って、頑張って叩こうとしている地味をその後ろから抱きしめるようにして覗く僕。
今聞いて分かったように、状況はまさに一刻を争うものとなっている。
「っは!」「よっ!」「うっ!」「んぁっ!」
先程、漏れ出す声とは言ったがここまで聞けばもはや違うだろう。
何より、漏れ出す喘ぎ声だ。
頑張って音ゲーをやる姿は地味子とは全く変わった運動部の如し。
額から垂れる汗が自ら動かして生じた揺れであたりに飛び散る。
ここが高校のグラウンドだったら行くばかりか綺麗に見えたかもしれないが、音が反響する閉鎖空間では匂いが——————すごくよかった。
ごめん、まじでごめん。
この世に神様というものが存在するのならば、すぐに謝って土下座して、お詫びを差し出すくらいにはごめん。
地味との距離は一寸。
いや、もしかしたらもっと近いかもしれない。
僕よりも頭半分ほど小さな身体がぴょんぴょんと揺れて、艶のある綺麗な黒髪がパフパフと宙を舞う。
舞うたび、首筋から彼女のプレイを覗くように見ている僕の鼻に近づき、シャンプーのいい香りをまき散らす。
まさに、雄と雌の関係だ。
フェロモンを出され衝動を抑えることが出来ない雄の考え一色で目の前が染まっていくのが手に取るように分かる。
「んぁっ!」
「……」
「っと!」
「……」
「んしょっ!」
なにこれ。
なんだよ、この可愛い声は。
僕を堕としにかかっているだろうか、いやない、いやいやそんなことはない。
変な二重否定やらなんやらが出来そうなほどにこの場は完結していた。
そして、一曲、二曲と進んでいき——
「ねねっ‼‼ ほらほら‼‼ わ、私———―SSランクっ、クリアできたよ‼‼」
満面の笑みで喜ぶ地味を冷や汗だらだらの顔で受け止める。
すごく嬉しかったのか、思わず僕の胸に飛び込んでいた。
「っ⁉」
「ねねっ、どう? すごいっ?」
いつもとは違う表情に口調に、そして動き。
そんな地味に呆気を取られ、固まっていた僕。
その姿に気がついたのか、地味は「うへぇ……やったぁ……」とこぼした笑みを急いで引っ込めて、顔を両手でいっぱいに隠し、その場にしゃがみ込む。
「す、すごいぞ……」
しゃがみ込んだ後、目に入って来たスコアに気づくこともなく、僕たちはお互いに顔を真っ赤にしてその場を足早に去っていった。
「SSスコア100万越え……」
「あいつ一体……」
「何者……なんだ」
音ゲー上級者でもかなり難しい難易度SSをクリアするだけでなく、100万スコアという結果を叩きだした地味静香。
僕ら二人はその凄さに気づくわけもなく――。
全国ランキング3位にて彗星の如く君臨したダークホース「無名」に界隈が大盛り上がりしたのはまた今度の話。
クレーンゲームコーナーまで避難してきた僕たちは膝に手を付きながら、上がった息を落ち着かせていた。
「ふ……ふぅ。じ、地味……」
「ひゃ!? はい……?」
「その、さっきは……すまん」
「え? あ、いや……そんなことっ、ないですっ——」
「——そ、そうか?」
「わ、私……です、し…………私こそ……その……ごめ、ごめん……なさいっ」
「いやいや‼‼ 別に地味が謝らなくても!! ほんとに……というか、その……ご褒美というか……嬉しいというか」
「……?」
「ぁ——」
おっと。
今度の今度こそ。
出てはいけない本音が漏れてしまった。
ポカン――と間抜け面ではてなマークを浮かべている地味の顔が徐々に赤く変わっていく。
ようやく落ち着いてきたと思ったところで———―再び、小さな悲鳴がこの場に響いた。
「……っへぇぁ⁉ ななななな、ご、ご褒美って……何言ってるん、ですかっ‼‼」
暑くなって脱いだアウターをその場に置いて、ポコポコと背中を叩く彼女にやってしまったなぁと思ったと同時。
少しずつ心を開いてくれているという事実に、スキンシップも増えてきたという事実に思わず浸ってしまった自分がいたのであった。
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