第14話

「ふむ・・・」


 男はまじまじとレイラを見定める。


「まぁ、食べてしまうのは惜しいな・・・」


 男は鼻と鼻が触れ合うのではないかと言うくらい近づいた。

 レイラはその距離を照れてしまい視線を外した。視線を外せば、一瞬で殺されるかもしれない状況であっても、恥らってしまった。けれど、男は自分のことを完璧と思っているらしく、恥じらいなど一切なかった。


「眷属か・・・それとも・・・」


 今度は首筋を指を滑らせて、じーっと見る。


「うん・・・美しい・・・そして・・・あぁ・・・食べてしまっても甘美であろう」


 その男はレイラ一人に様々な欲求を掻き立てられて、恍惚とした表情でレイラを見る。

 何をされてもおかしくない状況。まな板の鯉のようだったけれど、レイラには鯉のように飛び跳ねる勇気もなかった。ただひたすら死を真直にする恐怖で脳は支配され、その男が一種の魅力があったせいもあるが、ストレスに耐えかねた脳は興奮物質と快楽物質などの脳内麻薬を出してストレスを和らげようとした。なので、レイラの心はぐちゃぐちゃで、怖いようなドキドキを楽しんでいるような変な感覚に支配されつつあった。


「しかし、なぜ逃げようとしたんだ?」


 首から鎖骨、そして胸のあたりに男が手を滑らせていく。


 バチンッ


「きゃっ」


 レイラが驚いて叫び、目を閉じる。

 胸のあたりが光って、男の腕が弾き飛ばされたのだ。


「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・っ」


 レイラは息をする。

 先ほどまでどうやって息をしていたのかわからない状態。仮に息をしていたとしてもさきほどまでは喉までしか入っていかない気がした空気が、男から離れて呼吸をしたことでようやく身体中に届く感覚だった。


 男の指は曲がるはずのない方向にぐにゃぐにゃに曲がっており、腕も肘のあたりでおかしな方向に曲がっており、ぶらんぶらんしている。もちろん、男の手や腕に骨が無かったわけではない。あった上でそうなってしまう威力があった。


 レイラは自分の胸を確認すると、実の母からの形見であるアクセサリーが光っていた。


「魔除けか・・・くだらぬ」


 男が強引に自分の腕と指を直していく。男に痛みがあったのかどうなのかはわからないけれど、全く痛そうな表情は一切見せずにいた。


 レイラは足がたどたどしかったものの、扉の方へと走る。


「誰か・・・助けて・・・っ」


 グッ


 先ほど女性が来たばかりで状況が変わるはずのない扉。レイラが押してもぴくりともしない。

 何度やっても結果は同じ。擦れる音すらしなかった。


 ドンッ・・・ドンッ・・・


 別にレイラはまだ男に何もされてはいない。

 けれど、恐怖に足はすくみ、扉を叩く手も弱々しかった。


「ふむ・・・よし。こんなものだろう」


 完璧主義者なのか、男は納得のいくまで自分の腕と指を直した。そして、手を開いて閉じて、開いて閉じてを繰り返し、問題が全くないことを確認し、ゆっくりとレイラに近づいていく。


 

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