30話 行方不明

 コウモリ男との戦闘を終えてから、既に一週間が経過していた。

 未知との遭遇で立花りっかさんは忙しいのだろう。あれから一度も帰ってきていなかった。


「しかし、1人でも【ダンジョン】に挑むなんて……」


 とんでもない人だ。

 本来なら、現場に向かわなくてもいい立場の人なのに。

 上から指示を出すだけでなく、部下たちを守るために自ら危険に飛び込むとは。

 危険を恐れず結果を出す。

 それが立花りっかさんが部下に慕われる理由だろうな。


 こうして、追放された俺に住む場所を提供してくれている訳だし。

 感謝しながらシャワーを浴びる。

 ふむ。

 しかし、この家を借りてからだいぶ経つが、未だにこの浴室だけは慣れないな。

 浴室の中にシャワールームがあり、前面ガラス張りなのだ。しかも、何故かこのシャワールームだけ脱衣所から丸見えなのである。

 鍵を付けているので誰か入ってくることはないと分かってはいるのだけど落ち着かない。

 高級住宅に住む人間は小さいことは気にしないのだな。


 汗を流しリビングに戻るとガイがペット用のハンモックで昼寝をしていた。

 身体を丸めて寝ていると、普通の可愛らしい人形のようだ。

 冷蔵庫から炭酸水を取ってカップに移す。

 風呂上がりの炭酸水ほど上手い物はないよな。

 なによりもカロリーがないから罪悪感もない。

 カロリーで罪悪感がなくなるって破格の等価交換だ。釣り合ってないので等価ではない気もするのだけど……。


「ふぅ~、いい汗かいた!」


 一息に炭酸水を飲み干すと、廊下から川津 海未が身体を拭きながら入ってきた。

 白とピンクのスポーツウェアを着ているところを見ると、トレーニングを行っていたのだろう。

 立花りっかさんは生活必需品は殆んど置いてなかったが、トレーニング機器だけは充実していた。


「今日のノルマは終わったよ~! どうどう? 私、滅茶苦茶頑張ってるでしょ!」


「ああ。そうだな」


 この一週間。

 川津 海未はトレーニングを始めた。

 始めたきっかけは、簡単でこれまでに川津 海未を【魔物モンスター】との戦いに手を出させなかったことにある。

 基本、見張りしかしていないことに、遂に不満が爆発したのだった。


「私は【探究者】になりたいの! 傍観者になんかなりたくないんだよー!」


 と、コウモリ男を撃退した直後に暴れまわったのだ。

 その時の暴れっぷりときたら、【魔物モンスター】もかくやと思う程だった。体感的には【小鬼ゴブリン】以上だったなアレは。


 強敵との戦いで疲労していた俺は、なんとかその場を収めるためにある条件を出した。

 それは俺が【ダンジョン防衛隊】で受けていた訓練を川津 海未が実施するという内容だった。


魔物モンスター】と戦うための身体作り。まずは、そこから始めなければならない。

 俺の予想では川津 海未の正確では3日も持たずに飽きるか根を上げると思ったのだが、意外なことに1週間も続いていた

 本人曰く、「私、バスケ部だったからね! 運動は嫌いじゃないんだよ」と言うが、続いている理由はそれだけでないのだろう。

【探究者】になりたい。

 その思いは本物と言うことか。


「そう言えば……、なんで【探究者】になりたいか、ちゃんと聞いたことなかったな」


 リビングで牛乳をラッパ飲みする川津 海未を見る。

 ……それ、全員共用の飲料なんだから口付けるなよ。

 こんな川津 海未の勢いにされて共に行動をしていたが、大事な部分を聞いていなかった。勝手に「格好いいから」くらいの理由なと考えていたが――。

 折角だし聞いてみるか。


「そう言えばさ、なんで【探究者】になりたいの?」


 俺の質問に「プハっ」と呼吸を入れて口を拭く。


「え、あれ? 私、言ってなかったけ?」


「確か……。記憶にないけど」


「おかしいな~。説明したと思ったんだけど、あ、ひょっとして、私、ガイ師匠にしか離してないんだっけ?」


「……が、ガイには話したんだ」


 いや、別にいいんだよ?

 でも、でもさ、3人で行動してるのに、そのうち1人を省くってなんか、ほら、ねぇ。

 いや、本当に別にいいんだよ?

【ダンジョン防衛隊】にいた時は十人くらいに相手にされてなかった訳だしさ。

 それに、うん。

 ガイと川津 海未。

 2人が仲良くなってくれてることは凄い嬉しい。

 なのに、なんだろうな……この寂しさは。


「はぁ。なにも知らないのにここまで一緒にいてくれるなんて、リキ先輩は器が大きいんですね~」


「あ、ああ、ありがとう」


「でも、中身は空っぽだね! というか、底がないのかも!? 見た目だけ器が大きいけど受け入れられないとか!」


 寂しがっていた俺を見抜いたのか、口元に拳を運んで「ウシッシ」と笑う川津 海未。

 ひとしきり笑った後に話を切り出した。 


「私が【探究者】を目指したのは、お姉ちゃんを探すためなんだよ!」


「お姉ちゃんを探す……?」


 そのために【探究者】に?

 かつて起こった【探究者】達の消失の中に、川津 海未の姉も入っていたのか。


「私たちが小さかったころ、近くに【ダンジョン】が開いたんだ。私もお姉ちゃんも子供向けのヒーロー番組が好きで、世界を救おうって向かったんだ。まあ、実際に【ダンジョン】に居たのは私たちの他にも数十人はいたんだけどね」


【探究者】達が消失する前の出来事か。


「大人から子供まで沢山の人がいたの。皆、笑いながら【ダンジョン】に入っていった……。でも、私は……」


「入らなかったんだね」


「うん。私たちが入る直前にね、【ダンジョン】の中から悲鳴が聞こえたの。私はそれで怖くなっちゃって」


 幼い川津 海未はその場で蹲り恐怖で泣いていたのだという。

 だが――姉は違った。


「「怖いの? なら、私が救ってくるから、海未はここで待っててね」。そう言ってお姉ちゃんは【ダンジョン】に入っていった。その直後、【ダンジョン】は閉じて、姉が帰ってくることはなかった」


ダンジョン】はいつ閉じるか分からない。

 中に入る行為は危険しかない。だから、【ダンジョン防衛隊】も【ダンジョン】を見張り、出てくる【魔物モンスター】を倒す。

 故に防衛隊だ。


「だから、私は【探究者】になって、お姉ちゃんがいなくなった【ダンジョン】の世界を探すの! とはいっても、どんな【魔物モンスター】がいたとか情報もないから、中に入るしかないんだけどね~!」


 恐らく。

 川津 海未も自分がやろうとしていることがどれだけ大変なことなのか。それを理解しているのだろう。俺に悟られないようにわざと明るい語気で言葉を締めた。


「……」


ダンジョン】に入ると動きは鈍る。

 いつ閉じるかも分からない。

 実質、そんな状態で人を探すなんて不可能だ。これまで、俺達と一緒にいてそのことが分かっているはずなのに。

 川津 海未は諦めていないのか。

 この子――俺が思っているよりもずっと強い。


「ほら! 例え違う世界で身体が重くなっても、徐々に慣らせばいけるかも知れないし。よく漫画とかで重力が違う星でトレーニングとかしてるじゃない。アレよ! よし、なんかやる気出てきたから、もうワンセット追加してこようかな~!」


 川津 海未はそう言って部屋を出ていった。

 俺はその背に言葉をかけることが出来なかった。

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