追放サイド 5話 目覚め

 全身に【涅《スライム》】が張り付き、皮膚を溶かし飲み込まれていく。

 ドロドロになった肉体と【スライム】が一体となり、溶けて混ざって自分が消失ていく――。


「うわあああぁぁ!!」


 自分という存在が全て飲み込まれる直前――さかんは瞼を開けた。


「はぁ……、はぁ……」


 叫び声を上げて目覚めたさかんに気付き、慌てて駆け寄る少女がいた。

 ツインテールにリボンのカチューシャをした少女が顔を覗き込み、潤んだ瞳でベットで眠っていたさかんの身体に抱き着いた。


「お兄ちゃんさま! 良かった、生きてた……。一週間目を覚まさなかったから、私、心配で……」


「は、はるか……? ここは……?」


 天井には劣化で発光が微弱となった灯りが、寿命と戦いながら部屋を照らす。

 白から黄へと変色したカーテンで簡易的に区切られたベットルーム。

 この場所が【磯川班】の駐屯地ちゅうとんちであることは直ぐに気が付いた。


「悠!? なんで……痛っ!」


 身体を起こそうとするが、全身を引きちぎられる痛みに覆われる。

 自分の手足、胴体を確認すると素肌が見える箇所は一つもない。

 包帯で全身を巻かれていた。


「無理しちゃ駄目! お兄ちゃんさま、一週間も眠ってたんだから」


「一週間……?」


 まだ、覚醒しない意識の中でさかんは最後の記憶を思い出す。【スライムを倒し、頭上を見上げたところで――新たに表れた無数の【スライム】に襲われたんだと。


「そうか……。俺は……。うん? でも、はるか。どうやってここに入ったんだ?」


【磯川班】の駐屯地。

 一般人は本来は中に入ることは許されていない。それは家族であろうと例外はない。にも関わらずに、何故、妹であるはるかは、当たり前のようにこの場所にいるのだろうか?

 さかんの言葉に答えるように、一人の男がカーテンを開けた。


「俺だよ。目が覚めて良かったよ」


「岩間……さん」


 中に入ってきたのは岩間だった。

 普段は浮かべないような爽やかな笑みを浮かべて、「ほらよ」と水を手渡した。状況を把握しきれないさかんはるかが言う。


「もう。そんな怖い顔しないで、ちゃんとお礼言ってよね! 岩間さん。お兄ちゃんさまの命の恩人なんだからさ!」


「命の恩人?」


「そうだ。俺が【スライム】と戦って意識を失ったお前を助けたんだ。覚えてないだろうけどな」


 さかんの表情が更に険しくなる。

 岩間が助けたなど――到底考えられないからだ。出撃要請にすら応じなかった人間が、助けにくるのだろうか?

 いぶかししむさかんの視線に、右手に付けた【特殊装甲】を見せながら答えた。


「みなまで言うなよ。俺だって立場ってもんがあるんだ。【特殊装甲】を持つ者として、輪を乱すわけには行かないだろ?」


【特殊装甲】の着いた腕を自身の前に立つはるかの首に向ける。何をするんだと凝視するさかんに、「シーッ」と騒がないように指先だけで伝えた。


「……俺が遅れて悪かったなぁ」


 余計なことを言えば危害を加えるという意匠の現れらしい。

 岩間の態度で助けたのは彼じゃないと理解した。


(やっぱり、こいつが僕を助けるはずがない。そもそもあの場に居たのかすら怪しい。でも、それなら誰が僕を……?)


 思考を遮るようにはるかが大きな声を上げて、壁にかかった時計をみた。


「あ、もうこんな時間。私そろそろ帰るね。ひろゆいいさむゆずにも目を覚ましたこと教えてあげなきゃー!」


「うん。妹弟チビ達のこと頼んだよ」


「家のことは私に任せてお兄ちゃんさまは休んでてよ! 岩間さんもこっそり入れてくれてありがとうございました」


 律儀に頭を下げてはるかは医務室から出て言った。

 その背中を見送った岩間は、包帯に巻かれたさかんの上に座る。


「痛っ!」


「大変だなぁ、メスイヌくん。はるかちゃんの下に4人も妹や弟がいるんだろ? しかも母の手一つで育ててるんだってなぁ」


 さかんの家庭事情をペラペラと話す岩間。

 恐らく妹であるはるかが教えたのだろうと想像できるが、何故、知ろうとしたのか。理由が掴めなかった。


「……何が目的だ」


「おお、話が早くて助かるよ。簡単に言えば取引だよ、取引」


「取引だと……?」


「そ。そんな大変な家庭事情を持つメスイヌくんに、俺はポケットマネーで休養中、減額された給料を払ってあげようと思ってね」


 岩間が提示したのは、前線に出れないために減額される給料を、岩間自身が払うということだった。

 今の給料でも5人で暮らす家族の生活は苦しい。

 岩間の条件はさかんにとって非常に助かる申し出だが――。


「求めるものはなんだ?」


「なに。簡単なことだ。お前を助けたことは俺にして欲しいんだ。破格の条件だろ? はるかちゃんに格好つけたくてさ」


「……」


 気持ち悪い。

 それがさかんの抱いた感想だった。

 好きな人のために嘘を金で買おうとする。そんな人間が振り向かれるはずもない。はるかなら、尚のこと嫌いなタイプだ。


「分かった」


「本当か!?」


 どれだけ嘘で塗り固めようと妹が惚れることはない。


(なら、僕が利用してやる。磯川班ここはこういう所だもんな――)


 都合よく他人を利用するヤツが正しい。

 今回の件でよくよくさかんは理解した。

 さかんの目に、これまでにない憎悪が含まれていることを――岩間は気付くことなく喜んでいた。

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