第19話 呼吸
鬱蒼とした森の中で、細々としていて地表に出たり隠れたりする湧水を辿るのは容易ではなかった。マルブランクは中腰で地面を舐めるように、入り組んだ森を進み、地表に現れてはまた隠れる水の音を辿った。
「ん」前を行くマルブランクが顔を上げた。
「川だわ」後ろを進むコンスタンが指さした。
密林が開けて石や砂利が姿を表し、豊かなせせらぎの音が聞こえてきた。それは脛ほどの浅い川で、幅は向こうまで20歩といったくらい。暑い日ではなかったが、木々の中から河原に出ると日差しが眩しかった。
「透明で分かりにくいが」マルブランクが川縁まで進んで言った。「どうやらこの水も汚染されているらしい。見ろ」
「本当だわ」よく見ると数少ない魚がひっくり返って死んでいた。魚だけではない。かつて生えていたかは分からないが、その川には水草、苔や藻がまったく生えておらず、まるで子供が遊びで作った川みたいな不自然な川だった。
「本当にこの水は蛙達の村に注ぎ込んでないのだろうか。心配になってきた」そう言いながらマルブランクは川から離れた。
「流れて流れて、毒素が薄まった水が、少しは蛙達の体をを汚染しているかもしれないわね」
「この川を辿って川上に行ってみよう」
「ねえ」単調な河原が続くのでコンスタンは飽きてきていた。
「なんだよ」マルブランクは意外と集中している。彼は酒を少し飲んでいるくらいがちょうどいいらしい。
「東洋の武道ってどんなの?」コンスタンは暗いあの洞穴で、あまりマルブランクの戦いぶりが見えなかった。
「うーむ。お前に理解できるかな」
「なによ。馬鹿にしてるの?」
「まずはだな、大体の武道には呼吸がある」
「それは分かるわよ。自分の呼吸と相手の呼吸ね」
「自分の呼吸は精神集中、静まり返った水面をイメージする。相手の呼吸は受ける攻撃と与える攻撃に作用する。それを " 見て "、相手を " 感じ " 、どう戦うかを決める」
「んー。分からなくなってきた」コンスタンは暑くてショールを緩めた。
「東洋の達人の中には " 気 " とか言って、説明する者もいるがな、結局は力は力、己が持つ力以上の力は出ない。その己が持つ力で相手を倒そうと思うなら、やはり"
「
「お前は剣を構えた時、息を吐いて斬り込むか?」
「んんん。分からないけど、多分吸ってると思うわ」
「なぜ?」
「だって息を吸い込んだ方が力が入るもの」
「ほとんどの者はそうする。息を吸って、吐きながら力を込める。無意識にな。しかし俺は息を吐ききってから動く」
「なぜ?」
「相手と対峙した時、相手の呼吸に同調させるんだ。相手が息を吐いたら俺も吐く。つまり俺が攻撃する瞬間は相手も息を吐いている。その時、相手の筋肉、血液、更には精神、身につける武具までが破壊されやすい無防備な状態なのだ。それを砕くのに力は要らない」
「身につける物まで呼吸するの?」
「そうだ。俺なんかお前よりも随分力は弱いと思うよ」
「それ褒めてない」コンスタンは少しむっとした。「でもどれくらいの武道を学んだの?」
「俺が "
「15年も東洋大陸をウロウロしてたの?!」
「うるさい。ウロウロ言うな」
はたと会話が止まり、2人の目つきが変わる。ほぼ同時に川縁に何かがあるのを検めたからだ。
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