ダンジョンバイザー 〜マルブランク・レッドハートの仕事の流儀〜
山野陽平
古代人の呪われた遺跡
第1話 酒場にて
「だあーはははは。うわははは」そう言うとその小男はゲップをしながら放屁した。またそれに本人や周りの人間が大声で笑った。その酒場のカウンターにはその小男を取り囲むように店員や街の住人達が10人足らず集まって愉快そうに騒いでいた。
その他には客は居らず、2テーブルほど離れて男が2人。下品に騒ぎ立てる一団を軽蔑したり、迷惑がるというよりは、眉間に皺を寄せてはそちらをチラチラ見ながらひそひそ話していた。
「……本当にそうなのか?」2人のうち、年配の男が訊いた。顔の気難しそうな皺がさらに深くなる。
「間違いないそうですよ。何回も訊きましたもん。何度も何人も。彼がマルブランク・レッドハートですよ」こちらはまだ若い。2人とも街人に溶け込むように服装に気を使って来た。
「とてもではないが彼がそうとは思えん」
2人の視線の先にはやはり騒ぎの真ん中にいる小男。頭が禿げ上がり広い額の下には毛虫みたいな眉毛に低い鼻。顔には皺こそないが、酒の飲み過ぎで赤黒く染まっていて、笑った大口の歯が汚らしく黄ばんでいる。丸い頭が身体の比率に対して大きく、細い腕はとてもではないが鍛えられたものではなさそうだ。
「エリック、どう思う?声を掛けた方がいいか」年配の男は若いエリックに訊いた。彼は部下だがよく相談した。
「え、ええ。話をすべきだと思います。するだけでも。でないと領主様に報告できませんよ」エリックは団長に言った。彼はここぞという時に相談してくる上司にうんざりする時があった。いつも何かを委ねてくるのだ。
「領主様も彼を直接知るわけではないのであろう?」団長はひそひそ話す。
「領主様も話を聞いたらしいですね。その道ではマルブランク・レッドハートと言えば高名だったらしいですから」
また小男が放屁した。高鳴る笑い声と下品な女の喜びに似た悲鳴。実に愉快そうだった。
「どこかの軍隊にでもいたのか?」団長は手元の葡萄酒を一口飲んだ。
「分かりません。素性は謎で過去の実績を知る者はいませんでした。誰が彼を評価しているのかがイマイチはっきりしないのです」エリックは手元のチーズを頬張った。
「ならばなぜ領主様は彼に我々をよこしたのだろうか」首を傾げる団長。
「それは領主様が近隣の君主に話を聞いたらしいです。我々が抱える問題にうってつけの人間が我々の領土、それもこの街にいるらしいと聞いて。探すのに何日かかったか」
「それがあの男か。見ろ。座ったまま寝ているじゃないか」団長は素早く振り返って、エリックを責め立てるように言った。
「私にも分かりませんよ」エリックは小さく声を荒げた。
どん。
突然、楽しげな騒ぎが止み、団長とエリックが振り返ると、小男の両の手の平がカウンターについていた。周りの皆は、突然テーブルを叩いた小男を何事かと見やっていた。
「ようし!そこのあんちゃんら。なんか話があるみたいだな」小男はすわった目で団長とエリックを見据えた。
「え」突然の事に2人は驚いて反応出来なかった。
「話を聞いてやるよ!ただしちょっと待ってくれ!気持ち悪い」そう言うと小男は便所に行った。
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