第66話 竜の盆地へ(1)

【342日目 中央大陸 ネフライト演習場 午前10時頃】



「というわけで、今から竜の盆地に行きます。

竜の盆地は危険なので私と聖女である妹マルチナの二人で行きたいと思います」


「アリス様? 危険なのであれば第1使徒である私も行った方がよいと思います。ましてやマルチナお嬢様が行かれるのでしたら尚更です。是非行かせてください」


「第3使徒であるサーラ中尉も行きますよ! この局面で同行しないとなると何のために使徒になったのやら。行きますからね!」


「第2使徒キアラも行きたいです。闇竜タタウイネア、恐れるに足りず、です!」


「エミリーも怖いけど行きます。神楽で貢献できますので」


「儂も行きますぞ。闇竜タタウイネア。そして別世界の竜亜神セイタードが作ったという宇宙間ゲート。これらのものを見逃したとあっては一生後悔するじゃろうからのう。連れて行って下され。頼みますぞ?」




 むう。カルロネ司祭長だけは私の手伝いをするとも貢献するとも言わず。純粋に己の欲望のみを表明して竜の盆地への同行を宣言したよ? やはり基本的には司祭(邪)であったころと変わらないということかな? ま、いっか。この爺さん役には立つからね。




「うん。みんなありがと。でもやっぱりあの闇竜タタウイネアと火竜アエロステオンは危険な連中だし。何より奴らは思考の構造や価値観が人類とは異なっている恐ろしさがあるから」



 一応火竜アエロステオンの奴は調教してあるけど、いまいち信用できない。何しろあの野郎、マリアード伯爵領ではマルチナさん拉致監禁の指示をしたうえに拷問。その後の殺害まで指示しやがった。


 悪魔の魔境ではいきなり火弾9の速射による奇襲暗殺攻撃まで。よく考えたら火竜の野郎はその前科だけで死刑に値するね。調教したとはいえ、よく許してやったね私。改めて死刑を言い渡した方がいいかな? 無罪放免にするって宣言はしてないしね?




「じゃあ。今回は妹マルチナとグレタさんとサーラさん。それからカルロネ司祭長に一緒に来てもらいましょう。キアラさんとエミリーさんは待機で。この演習場内にサーラホームを置いていくから中に入って安全にしていてね。


「私は神としての第一回目のレベルアップをしたので転移マーカーを設置すればグレタさんとサーラさんを連れて転移できるから。ここにマーカーを設置するからすぐに戻ってこれるから安心して待っていてね」


「うん。分かったよ。何かあったらすぐに戻ってきてね。お母さん、サーラさん。気を付けて。ケガとかしないでね」


「大丈夫ですよ。このグレタ。闇竜や火竜が少しでも妙なことをすれば即座に闇弾9を叩き込んでやります。安心しておきなさい」


「うん。分かったよ。何かあったらすぐに戻ってきてね。お母さん、サーラさん。気を付けて。ケガとかしないでね」


「エミリーはキアラちゃんと待機。戦闘に関してはキアラちゃんが頼りになるんだから言うことを聞いて安全にしていてね?」


「分かった。お姉ちゃんもケガとかしないように。キアラちゃんの言うこと聞いて待ってるから」









 グレタさん、カルロネ司祭長、私、妹マルチナ、サーラさんの5人は一路竜の盆地に向かって走っている。この順番での一列縦隊である。


 中央大陸北東部に位置するネフライトから竜の盆地までは南西の方角におよそ1500km南下しなければならない。




 中央大陸。またの名をセントリア大陸。このイース世界における五つの大陸の内の中央に位置する。


 地球のオーストラリア大陸の右下を南にふくらませたような形。面積は約3000万平方キロ。地球でいえばアフリカ大陸よりもやや小さい面積の広大な大陸である。


 大陸の北部は半乾燥気候。北部西部一帯は広大な砂漠となっている。


 大陸中央部は赤道直下の熱帯雨林となっており、竜の盆地はこの地帯にある山岳地帯のど真ん中にある盆地となる。


 大陸の南部は亜熱帯サバンナ気候から温帯気候と徐々に気候は穏やかとなり地理的に最も近いラピスラズリ連合王国の勢力圏となる。




 中央大陸の周囲を狭くて浅い海である地中海が取り巻き、更に外側に東大陸イースリア、西大陸ウエストリア、南大陸サウリア、氷結大陸が取り巻く。


 西大陸と南大陸。南大陸と氷結大陸は狭い地峡で繋がっている。




 地中海は水深が浅く、陸地が常に見えるように航海することが可能であることから古くから海上交通が盛んなんだって。


 ジェダイト公国は地中海にイース世界有数の規模を誇る地中海艦隊を。そして地中艦隊に乗り組ませ、または各地コロニーの防衛に任ずる海軍海兵遠征軍4個軍団を常設して世界各地に展開している。


 ジェダイトを含むイースリア大陸西岸に位置する各国は90年前から急激に国力、人口、軍事力を増大させて世界各地にコロニーを建設するようになった。


 カルロネ司祭長によれば、これらの国々には「異世界二ホンからの転生者」が同時期に出現して迷宮を完全に支配。迷宮からの資源や利益を利用して大発展を遂げたということである。なお、その転生者たちは全員死亡していて現在は生きていない。



 なるほど。道理でジェダイトの軍隊組織や行政組織が日本っぽい感じがするわけだ。見た目は馬車を使ったり火器が無かったりと中世的。下手するとローマ時代的な古代の雰囲気まであるのに部分的にエラく近代的だと思っていたんだよね。





 現在はネフライトから100km南下したあたり。アフリカのサバンナのような草原の中を南東方面に縦断する土がむき出しになった街道を爆走している。


 辺りにはシマウマやガゼルのような草食動物がチラホラ。茶色い野犬の群れやチーター的な大型のネコ科肉食獣の姿も見える。









 夕食を食べている時に「異世界二ホンからの転生者」の事を思い出した。ちょっとカルロネ司祭長に聞いてみようかな。



「カルロネ司祭長。司祭長は『異世界二ホンからの転生者』って人と会ったことあるんですか?」


「勿論ですじゃ。ジェダイトの前公爵様が『異世界二ホンからの転生者』で御座いますよ。儂は前公爵様からは随分と目をかけられましてな? 前公爵様がどんな魔術を使えるのかとか。前世の異世界二ホンがどんなところだったとかお話をしていただきましたぞ?」


「へえ。どんな魔術を持ってるって言ってたの?」


「魔物調教5。それと老化緩和1。魔物調教5があればすべての迷宮の踏破はただの散歩になりますぞ。何しろ魔物がすべて言うことを聞きますからな。

老化緩和は儂もアリス様から恩恵として頂きまして御座いますれば、その効果の途方もなさ。重々理解しております」


「なるほど。それで長生きして超長期政権を維持してジェダイトを発展させたわけか。このファンタジーA型標準宇宙のパターンとして迷宮支配による経済発展というのは重要なファクターかもしれないね。迷宮革命ってところかな?」




「アリス様。恐れながら、ファンタジーA型標準宇宙というのは何なので御座いますでしょうか。寡聞にして存じませんのでご教授していただけないかと。相済みません」


「アリス様。アタシも初めて聞くよ。何なの?」


「ファンタジーA型標準宇宙というのは、全知全能である時空神が定義した宇宙の種類だよ。宇宙=世界と思って大丈夫。


「このイースがある世界みたいに魔術が使える世界って何通りか種類があってね。A型はイース世界のタイプ。他にB、C、D、E、と何種類もある。

私が居たアースはアース型標準宇宙で魔術が無い世界なんだ」


「なんと。世界ごとにそんな異なるルールが有るとは。ではアリス様はアース型の魔法のない世界から来られた。そういうことで御座いますな。そして、アースに二ホンが有る」


「うん。そうだけど良く分かったね。日本は私が暮らしていた国だよ」


「前公爵様は二ホンで暮らされていたと仰ってましてな。若い時に世界を巻き込む大戦争を経験して95年間生きて大往生したと言われてました」


「へえ。その大戦争は太平洋戦争かもねえ。とすると生きてきた時代が若干かぶっているね。日本のどこに住んでいたっていってましたか?


「二ホンの首都であるオオサカとか。アリス様。ぴんと来ますかの?」




 二ホンの首都であるオオサカ? 冗談で言うかな? そんなこと。地球とは似て非なる世界なのか。



「半分ピンと来て半分はピンと来ないね。前公爵様の前世いた二ホンは私のいた世界ではないね。なんかちょっとホッとしたよ」


「ジェダイトの北にあるカイアストライト、ルベライト。南のスピネル、ラズナイト、ラピスラズリ。そして隣のオーバル公国。これらの国々には先代公爵様と時を同じくして二ホンの前世知識がある人達が誕生しておりましての。皆さん前世ではお知り合いだったのと事ですじゃ。そんなことがあるんですなあ」





 別の宇宙の知的生命体の精神をコピーしてイース世界の人類に転写することは今の私なら出来る。ゲートが繋がっていればね。


 私以外の誰か。亜神(時空)のイタズラだろうか。わざわざそんなことする意味も分からんけど。遊び? どっちにしろ質が悪いね。友達にはなれそうにないよ。


 しかし、このイース。7000年前の竜亜神セイタードといい。90年前の転生者といい。亜神(時空)に絡まれすぎでしょ。そして今が私、と。




 竜の盆地までの道のりは長い。



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