河童

魚里蹴友

河童

 誰にも見えていない何者かが見えるようになって指を噛む癖、首を引っ掻く癖を止めた。何者かがずっと私のことを見ているから、その癖が自分で見っともなく思えた。顔の面皰にきびはすぐ潰してしまっていたが、それも止めた。これまでの自分は無駄なことを色々していたのだと気が付く切っ掛けになった。


 その何者かというのは河童の姿をしていた。河童はよく私を橋にさそった。其処から川に飛び込んで見せた。そして、そのまま消えていった。


 全て私の生み出した幻影まぼろしであるということは分かっていた。だから付いていく必要が無いことも理解していたし、無視することも可能だった。だが、それが楽しみになっていた私は河童を追うことを止めなかった。生活の中で面白かったものが、唯一それだけだったのである。これを見るためだけに生きているような気がした。


 河童を見始める前、私には悩みがあった。死のうという悩みだ。しかし、河童の御蔭おかげで考えないようになった。だから、この幻影まぼろしに消えてほしくなかった。橋の上で川を見て、一人で笑っている私は、周りから見れば酷く怪しく見えただろう。だが、不審者だと、そう思われてもよかった。河童を見ることが生きる意味になっていた。


 しかし、いつも目醒めるとそこにいた河童は、ある朝、遂に現れなかった。私の幻覚のはずなのにイメージができない。私はもう終わりなのだと悟った。人間として生きるのは終わりなのだと。


 人間の予定は全て無視し、橋に行った。迷わず川に飛び込んだ。


 私は生まれ変わって河童になるだろう。そして、私も誰かを川にさそうのだ。

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河童 魚里蹴友 @swanK1729

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