第11話 ヒロインの秘密

 マデライン=フォン=リッター、本名マデライン=ベッカーは、イーゴン王国の平民の家に生まれた。貧しい暮らしに嫌気がさしていたマデラインは、どんな手を使ってでも兵士となって、最終的には騎士の妻となることを人生の目標としていた。イーゴン王国では、騎士と兵士の結婚は一般的であった。


 そのため、マデラインは兵士になるための勉強だけでなく、男性心理についても多くを学び、実践してきた。


 そして、必死に努力をして兵士となったが、その整った顔立ちと純情そうな表情に騙されて金を貢がされた男性は数知れない。兵士になれたのも、試験官に色目を使ったからなのではないかと疑われるほどである。悪い噂も絶えないマデラインだったが、今回の作戦には彼女の、男性を手玉に取る稀有な能力が採用されたのだ。


 ヨハンス王子に近づくには、エルバートの貴族となって聖ベルタ学園に入学するのが最も効率的である。マデラインはまず、後ろ暗いところのある貴族を調べ上げた。そこで浮上したのが、リッター伯爵であった。


 リッター伯爵は妻子があったが、ある宝石商の妻との不貞に及んでいた。マデラインはそこに目をつけた。まずエルバート王国の平民を装い、町の居酒屋でリッター伯爵に近づく。そして酔わせた上で不貞の証拠を握り、「自分を養子に取らなければすべてを公表する」と脅したのである。


 こうしてマデラインは、リッター家の令嬢の座を手に入れた。平民を養子を迎えた表向きの理由は、“リッター伯爵の慈善事業”で何とか通った。そして他の子供たちと同様に、聖ベルタ学園への入学を可能にしたのである。


 なお、ゲームでは「ステージ4:エルバート編」冒頭で作戦を聞いたマデラインが、町でリッター伯爵を探し出して声をかけるイベントがある。巧妙なやりとりがあり、セリフ選びを間違えるとリッター伯爵に敵国の人間であると勘付かれてしまい、ゲームオーバーとなる。ステージ最初からハラハラする展開なので、プレイヤーの間でも好評の場面である。


 マデラインは、この作戦が成功したあかつきには、一つの隊の隊長への昇進が約束されている。隊長ともなれば、騎士に接近する機会も多い。だからこそ、この危険な任務にいきいきと励んでいるのである。


 実は、学園にはもう一人スパイがいる。制服を着て生徒を装いながら学園内に潜伏し、イーゴンとマデラインの連絡の中継ぎをするのが役割である。今夜、その連絡があったと聞いて、マデラインは入浴を急いだ。


 「ヨハンス王子はかなり私に心酔しているわ。ここで少し大胆な作戦に出ても…、いや、まずは連絡を聞こう。」


 荷物を置くために自分の部屋へ向かいながら、マデラインは自慢の胸をちらりと覗く。色仕掛けには自信があるが、下品な女だと思われる可能性も拭えない。なにせ、相手は世間知らずで純粋な心をもつ、いかにも温室育ちの王子である。やはり慎重に行ったほうがいいか—。


 「マデライン嬢!お待ちになって。」

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