第9話 完璧な令嬢
「何だったんだ、さっきのは!リーナがせっかく淹れてくれたお茶をけなすだけでなく、あろうことがリーナにメイドのようなことをさせて!兄さんは一体何をお考えなのか。それにあのマデライン嬢…」
アイリーンが口元に指を添えてクローヴィスを止めた。
「大声をおあげにならないで、クローヴィス様。私は平気ですわ。」
「リーナ、分かってるんだよ僕は。君はいつも完璧にしているけど、動揺しているときはそうして自分の親指を握ってごまかすんだ。もうマデライン嬢には近づかない方がいい。」
クローヴィスはそう言うが、アイリーンの中で、マデラインが敵国のスパイであるという証拠を何としても見つけなければならないという思いはさらに強くなった。ヨハンスのマデラインへの愛が確実なものだからだ。証拠もなくマデラインを糾弾すれば、今回以上に痛い目にあうことになるのは明白である。
「私は平気。そうよ、私は平気なの。」
アイリーンは後ろを向いて、涙を拭った。
しかし、事態は悪化の一途である。夢の中の断罪では、“アイリーンによるマデラインへのいじめ”は、ただのでっちあげでしかなかった。ところが実際には交流を深めようとするたびにマデラインの超解釈によっていじめの実績が積み上げられていく。このままでは、断罪が現実になった時にますます不利になってしまう。
「もう直接会話することはできるだけ避けたほうがいいのかしら…。でもそれでは何も状況が変わらない。何か上手い手はないかしら。うーん。ああもう!」
全員が去った部屋の片隅の勉強机で、アイリーンは一人思い悩んでいた。なかなか良い案が思いつかない。
そもそも、アイリーンは地頭がそこまで良いわけではない。学校の成績が良いのは、あくまでも必死に勉強を頑張っているからである。このような謎解きや駆け引きは決して得意ではないのだ。
「こんな時、クローヴィス様…ルイスなら何か良い案が出せるかもしれないけど…。彼を巻き込むわけにはいかないわ。」
かつてはルイス、リーナと呼び合い親しくしていたクローヴィス。アイリーンが困っているとあればいつでも助けてくれる親友であったが、ヨハンスとの婚約を機に少し距離を置くことにしたのだ。
それでも一人の友人として今でも交流しているが、秘密の共有となると話は別だ。こそこそと何かを計画していることをヨハンスやマデラインに気付かれれば、逆にこちらが浮気をしているなどと言われる可能性がある。
「私にはお友達がたくさんいるけど、こんな時に頼れる人がいないなんて、皮肉ね…。」
おそらく実際、誰からも慕われるアイリーンが頼れば助けてくれる友はいるだろう。しかし、アイリーン=フォン=クラウゼは完璧でなければならない。人に頼ることなどできないのだった。
その日の夜に見た夢によって、状況は少しだけ好転する。
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