第8話 悪意
「マディ、どうしたんだ急に泣き出して。」
お菓子を食べているとヨハンスが叫び出したので、アイリーンはぎょっとした。マデラインがしくしくと涙を流している。一体どうしたというのか。
「先ほどから…高級な茶葉のお話で盛り上がっていて…グスッ…私は、もともと平民だからお茶の良さが分からなくて…ごめんなさい、アイリーン様…グスッ…私、申し訳なさでいっぱいで…。」
はぁ?と思わず心の中で眉をひそめてしまった。お茶の良し悪しが分からない、というのは分かる。しかし、それは泣くほどのことなのだろうか?分からないなら話を合わせておけばいいだけのことである。
「私…グスッ…平民出身だから…みじめで…」
「アイリーン。まさか君はマディが平民だということをバカにするために、あえて高級な茶葉を使ったのか!?」
再び、はぁ?と眉がゆがんだ。もちろん、心の中で。このお方は一体何を言っているのだろう。大好きなお茶を利用して人をおとしめるなど、どんなに嫌いな相手であってもしたくはない。そのくらいの教養はあるつもりだ。
「兄さん、それはいくらなんでも疑いすぎだ!アイリーン嬢は我々に美味しいお茶を味わってもらいたかった、それ以外に何も意図などない!そうだろう、アイリーン嬢?」
「え、ええ…もちろんですわ。」
「しかし、マディが悲しい思いをしてしまったのは事実だ。詫びとして、お茶を淹れなおしてくれないか?」
「…かしこまりました。」
仕方がないので、アイリーンはマデラインの実家であるリッター伯爵家御用達の茶葉を用意し、自らお茶を淹れた。本来ならそれをすべきはずのメイドがおろおろと見守るが、大丈夫よ、とアイリーンは目で合図する。
新しいお茶を口にすると、マデラインは涙を拭いた。
「懐かしい味ですわ。アイリーン様、ありがとうございます。このお茶大好きなんです。」
「マディ、元気になってくれてよかった。」
「ごめんなさい、ハンス様。」
アイリーンの胸がずきんと痛んだ。「ハンス様」。もう愛称で呼び合う仲なのね…。婚約者である私ですら、まだ呼んだことがないのに。
婚約者とはいえ、ヨハンスはアイリーンの一つ上の先輩であり、王位継承順第一位の王子である。やすやすと愛称で呼ぶべきではないとわきまえていたし、ヨハンスも彼女を正式な形でしか呼ばないため、そういうものだと思っていた。それでも、愛してくれていると思っていた…。
アイリーンが目を伏せていることに気づいたクローヴィスは、このあと用があるからと言って、お茶会を閉めた。
ヨハンスとマデラインが帰った後のアイリーンの部屋の中で、クローヴィスは拳を握りながら、少し声を荒げた。
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