異世界での出会いがまともだとは限らない。なにせヒロインが草食ってる

@handlight

第1話

異世界での出会いがまともだとは限らない。なにせヒロインが草食ってる



 俺の名前は元瀬もとせ海斗かいと

 気づいたら異世界の草原の丘にいたんだ。

 なんて正直なところ、ここが異世界というのは俺の願望でしかない。

 しかし、高さ100m以上からの紐なしバンジージャンプを行った先の着地点が、見たこともない草原の丘なのであれば、それはもう異世界転生したと考えてまず間違いないだろう。

 落ちてる最中は必死に異世界行きを願ったし。

 ただ、別に自殺したわけではない。

 友達との高校卒業旅行でバンジーをした際、安全のためのフックをかけずに飛び降りてしまったのである。

 人生からも卒業。

 そりゃ死ぬよ。

 体を起こすと、一陣の風が頬撫でた。

 風が気持ちいい。見渡す限りの草原に、時折雲がつくった大きな影が流れてゆく。

 

「さて、何をどうしたものか」


 異世界転生の妄想なんて生前にはたくさんしてたはずなのに、いざとなると何をしたらいいのかわからない。

 だって何もない。草はらっぱだ。ここがどこなのか、どこへ向かえばいいのか。


「…………まぁ、どこでもいっか」


 温かな日差しと、澄んだ青草の空気を肺いっぱいに溜め込んでからはき出した。

 元いた世界の景色も悪いものではなかったけれど、この絵画のように艶やかな色使いで広がる異世界を、俺は単純に歩き見て回りたいと思った。

 とりあえず、行き先は雲が流れている方向でもいいかな。

 行った先々で可愛いヒロインと出会って素敵な旅がはじまる、なんて夢見がち過ぎるだろうか。

 丘を降りて少し進んだ所で、近くの草むらがガサガサと揺れ動いた。

 こんな美しい草原であるし、何か可愛らしい小動物でもいるのかもしれない。

 動物が驚いて逃げださないように、ゆっくりと音のする方へと近づいていく。

 揺れている背の高い草葉をそっとかき分けてみると、そこには


「むしゃむしゃ」


 小さくはなかったが、可愛い動物が四つん這いで、一心不乱に草を食べていた。

 焦げ茶色をした短めの毛並みで、体は白と緑を基調とした布地を纏い、さらに所々には金属のような防具を身につけている。腰には剣をさしていて、なんだかまるで


「……人間だよこれ!」

「うわっ、なんだお前は!いつからそこにいたんだ!」


 女剣士といった風貌の女性は即座に立ち上がり、腰元の剣の柄に手を伸ばした。

 武装した人なんて元の世界ならコスプレもいいところだが、見せかけのハリボテ感はなく、使い込まれた本物のようだった。


「いえ、あの、すみません。草陰で物置がしたもんだから、てっきり可愛い動物でもいるのかもと思って」

「い、いきなり可愛いだなんて…………照れるな」


 可愛い動物がいるのかも、と言ったのであって、あなたに可愛いとは言ってないけどな。

 まぁ、正直綺麗な人だし可愛いとは思うけど。


「驚かせてしまってすみません。何かされていたみたいですけど、探し物でもしていたんですか?」


 見たところここでは普通の人みたいだし、お腹の空いた草食動物のように見えたのは何かの間違いだったのかもしれない。


「いや、草を食べていただけだ」


 見間違いじゃなかった。


「そういう君はこんな所で何をしているんだ?ここらじゃ見ない服装だし、かと言って旅の途中であるような装備でもない………怪しい奴だ」


 四つん這いで草食ってたお前ほどじゃないよ。

 そういえば、紐つけ忘れバンジーを行った時と着ている服が同じだし、転生ではなく転移だったのかもしれない。


「こう言って信じてもらえるかは分からないですけど、俺はこの世界の人間じゃないんです。バンジージャンプ、えっと、とても高い場所から落ちたと思ったらこの草原に着地していたというか、転移したみたいで……」


 自分で言ってて思ったけど、かなり電波なことを喋ってるな。前言撤回しよう。俺は四つん這いで草を食べていた奴と同じくらい怪しい奴だ。


「君はおかしなやつだな」


 分かってるよ。でも俺と同レベルの人間にとやかく言われたくないんだよ。


「……お姉さんだってその辺りの草を食べたりして、ちょっとおかしいんじゃありませんか」

「何を言う。この草は食べられるに決まっているだろう」

「え、そうなんですか」


 どうやらこの辺りの野草は食用だったみたいだ。

 それでも、這いつくばって食べていたのはおかしい気がするけどな。

 

「俺が無知だったみたいで、すみません」

「構わないさ。私は旅をして各地を回っているが、こういうのを知らない人もいるみたいだからな」

「そうなんですね。差し出がましいですけど、よかったら美味しい野草とかあれば教えてもらえませんか?」

「どれでも美味しいぞ。そこの長い奴とかシャキシャキしていて歯応えもいい」

「へぇ、それは美味しそうですね。いただきます。むっしゃ、むっしゃ、ぺっ!!まっず?!」


 この長いやつギシギシしてて、歯触りも最悪だよ。


「おい、どういうことですか。こんなもん俺に食わせて、なんの恨みがあるんですかっ」


 口から苦い汁と共に恨み言が飛び出る。


「あ、あれ?口に合わなかったか?美味しいのに……」


 そう言って女剣士は腰をかがめ、長い草に噛みつき食べ始めた。どうやら本当に美味しいと思っているようだ。

 この女絶対変な奴だ。これ以上まともに関わらない方がいいかもしれない。

 正直なところ、異世界へやってきて初めて会ったのが可愛い女性だったから、何かを期待してしまっていたというのが本音だ。だからこそ、ドン引きしながら会話を続けてみたし、興味もない野草で話題も膨らませようともしてみた。しかし無駄だったようだ。

 草をむしゃむしゃしていただけの野生動物だということが判明した時点で、それなりの対応をするべきだったのだ。

 俺はその辺りの草葉を引きちぎって集め、この女、もとい動物の雌に向かって差し出した。


「……ほーら、お食べ。きっとこっちも美味しいよ」

「な、なんだ急に」

「ほら、おいでー」


 膝の高さで草を振ってみる。


「う、うむ」


 彼女は腰をかがめたままゆっくりと近づいてきて、そして差し出した草に口をつけた。


「わぁ、ちゃんと食べてる。えらいえらい」


 草を与えながら、動物がびっくりしないように毛並みに沿って優しく撫でてやる。


「なんで私は撫でられているんだ……」

「よしよし、可愛いね」

「ま、また可愛いなどと。もしかして、君は私に気があるのか?」

「この子なんていうだろう」

「名前か?私の名前はレティーヌだ」

「レテ犬かぁ」

「発音がおかしいぞ」

「この世界の犬は草食なんだ」

「なにか君、私に好意的になったと同時に、意思疎通が難しくなったような気がするが……」

「さて、名残り惜しいけどいつまでもこうしているわけにはいかないし、そろそろ行かなくちゃな」

「あ……」


 最後にひとしきり撫で回した後、毛並みを整えるようにして両手で頭を包み込んでから俺はそっと手を離した。


「もう行くのか……?」

「じゃあな、レテ犬」


 異世界で可愛い動物とのスキンシップ。そんなに悪いものでもなかったかもしれない。

 しかし、やはり次に出会うのは人間であってほしい。

 せっかくだし、お嬢様キャラとかがいいかな。

 草食動物はもちろん草を食べるし、剣を持った野蛮な人間も草を食べるに違いない。貧乏人もきっと飢えていて草を食べることだろう。

 俺は伸びをしてから腰に手を当て、空を見上げた。


「空に何かあるのか?」


 またあの雲の流れに沿って、歩みを進めてみようか。行くあてもないしな。


「どうして無視をするんだ……」


 動物の鳴き声を背に、雲の進む方向へと振り向いた俺は、絶望たる光景を目の当たりにすることとなった。


「むしゃ、もぐもぐ」


 綺麗な動物が、四つん這いで草を食べていた。

 美しい金髪で、体は高級感のあるドレスに身を包み……


「ん?なんですのお前は」


 お嬢様っぽい女の子は俺に声をかけてきた。


 ──どうしたらいいんだ俺は。


 現実が受け止められなくて、一人目を既に動物として処理してしまったのに、二体目が出てくるなんてこんなのあんまりだよ。

 ドレスを着たお嬢様ですら草を食べているなんて、どうやら草食系女子(物理)という存在が、この世界の常識であると認めざるおえないようだった。


 その後、その場から逃げ出した俺を追いかけてきてくれたレティーヌと仲良くなり、なんだかんだ一緒に旅をすることとなった。

 そして旅の道中で、俺には致命的に女運がないことを悟った。

 まず、草食系女子達の次に出会った、花を集めをしている女の子に一目惚れをしてしまったのだが、仲良くなろうと彼女の目の前で気さくに四つん這い草を食べて見せたら、ドン引きされて逃げられた。

 旅先の街で話を聞いてみると、どうやら草食行為は普通じゃないらしい。草食動物しかやらないそうだ。

 つまり、最初に出会った二人が異常だったわけだ。そんなの初見で見破れるかちくしょう。何が世界の常識だよ。


 それから出会ったのは屈強なおっさん風の女の子や、なぜか一定時間事に奇声あげる女性。

 俺の体液が欲しいと言う女の子にウキウキでついていったら、首にかぶりついて血を吸い始めてきたりもした。

 因みに、内心吸血鬼か何かなのかと期待して吸血女子にそのようなことを尋ねてみたら、単純に血を吸うのが好きなんだと言う答えが返ってきた。

 レティーヌにも草食理由を聞いてみると、やっぱりただ単に好きなんだそうだ。

 なんなんだこいつらは。

 異世界なんだし、何か特殊な種族とかであった方がよっぽど納得できるよ。


 気がつけば、俺は異世界でハーレムパーティの冒険者となっていた。元の世界で妄想していたものとはだいぶ違うけれど。

 若い男女が日夜を共にして何も起きないはずがなく、俺はメンバーの一人と恋仲になっていた。

 誰とは言わないが、俺のファーストキスの味は苦かった。

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