クソゲー創造

モト

第一日

 アルティマウォーズはクソゲーである。


 アルティマウォーズはスマホ向けのオンラインアクションゲームだ。

 開発が遅れて何度もリリース延期され、ようやくサービス開始されるもSNSは文句の嵐だった。

 いわくゲームバランスが腐っている、バグでゲームが進まない、グラフィックは素人の落書き、そもそも何をやらせたいのか。


 いや、文句が出ているうちはまだよかった。

 呆れたプレイヤーたちは速やかに去っていき、ゲームの存在は忘れ去られ、そしてついに今日、サービス終了されようとしている。


 ところであまり知られていないことだがゲームには魂がある。

 クソゲーにも三分の魂。アルティマウォーズの魂は、その小ささゆえ妖精に分類される。名前はアルマ。


 妖精アルマは、ゲームの広大な虚構世界を必死に飛び回っていた。

「どうして誰もいないのよお!」

 ちなみにこのゲームの世界はむやみに広い。広さが売りなのだが、何の変哲もない地形がただ続いているだけで、この単調さもプレイヤーに大不評だった。


 妖精アルマは恐怖におびえていた。自分の身体が消えかけている。

 彼女たち妖精はプレイヤーの気持ちから力を得る。プレイヤーが去った今、もはや力のほとんどを失っていた。


 アルマはあせる。

 このままでは消えてしまう。なんとかせねば。


 アルマは虚構世界からシステム空間に転移する。

 システム空間、そこはゲームの舞台裏。アルマにはデジタル情報の流れる空間に様々な機械仕掛けが浮かんでいるように見える。

 この機械仕掛けはゲームのルールを処理する各種システムだ。様々な種類のシステムがデジタル情報を絶えずやり取りしている。

 このシステム空間からは、ゲームを創造した神にコンタクトできるのだ。


 アルマは端末システムを見つけた。そこには創造神の端末がずらずらと並んでいる。

 おかしい、生きている端末がひとつしかない。

 ともかくそのターミナルにアルマは接続する。


 端末から創造神の世界が浮かび上がる。

 狭い部屋。並ぶ机。神々が世界を創造するための端末の数々。


 アルマは訝しむ。

 これまでは神々でぎっしりだったはずのそこにいるのは、ただ一柱の神だけ。


 この神は男の姿をしていた。ターミナルによると神名はエイジ。

 これまでのエイジは創造の御業を行い、偉大なる言葉と聖なるコマンドをもって世界を作り上げてきた。

 なにかと寂しい世界ではあるが、ともかく創造はなされてきたのだ。


 アルマは端末に表れた聖なるコマンドを読み取る。

 次にエイジはどのような創造を成そうとしているのか。

 まさか。いや、そんな。


 神、エイジから聖なる言葉が下される。

「光よ、終われ」


 それは滅びのコマンドだった。

 システム空間をネットワークから切断し、全ての機能を停止し、虚構世界を消し去るコマンド。


「止めて、滅ぼさないで! 死ぬのは嫌あああ!」

 アルマは端末の向こう側にいるエイジへと懸命に訴える。


 かつてこの世界にまだ希望があった頃、アルマには神々と心を交わす力があった。

 神々はアルマに夢を語り、アルマは希望に胸を躍らせた。

 

 だが今のアルマの叫びはエイジに届かない。

 アルマは力を失い、神は御心を閉ざしている。


「プレイヤーさえいれば……!」

 アルマは再び転移して虚構世界に戻る。

 きっと、どこかにまだプレイヤーはいるはずだ。


 ようやく、たった一人だけのプレイヤーを見つけた。

 緑テクスチャが貼り付けられただけの平らな草原をとぼとぼと剣士が歩いている。

 BOTじゃない。プレイヤー名「エイジ」が表示されている。


「最後だからログオンしてみたけど、やっぱ俺だけだよなあ。寂しいなあ」

 エイジのチャットメッセージが流れる。


 アルマは剣士に取りつく。

「助けて、アルマに力をちょうだい」

 だがアルマの叫びは届かない。


「やっぱりもうサービス終了だしなあ。あ~あ、誰も来ないか…… ほんと最悪のクソゲーに関わったなあ…… いいや、終わらせよう」

 エイジのチャット。


 虚構世界の天空に神の聖なるシステムメッセージが表れる。

<ログアウトしてください。サービス終了まで後30秒です。29、28……>


 無常にカウントダウンは進んでいく。


「お願い、プレイヤー…… どうしてあたしに力をくれないの……」

 アルマはつぶやく。

 どうしてこんなことになったのだろう。


 聖企画書からこの世界は創造された。

 創造神の期待を一身に受けてアルマは誕生した。

 神の記された御言葉は輝かしい未来を指し示していたはずだった。


 神様、どうして。


 カウントダウンが0になる。

 虚構世界が消え始める。デジタルの塵と化していく。

 プレイヤーの剣士も姿が薄れ、接続が完全に絶たれようとしている。


「ばいばい」

 エイジのチャットが流れる。


「嫌だ、嫌だ、嫌だあああっ! 置いていかないで! あたしと遊んで!」

 絶叫するアルマの存在もまた散り始める。


「え? 誰かいるのか?」

 アルマはプレイヤーの声を聞いた。

 プレイヤーが手を伸ばすのを見た。

 アルマは必死にプレイヤーの手を掴む。

 

 虚構世界は光を失った。

 システム空間は停止した。

 アルティマウォーズはこうして終わった。

 そのはずだった。



 

「まったくなんてことをしてくれたのかしら」

 叱責の言葉でアルマは目覚めた。


 真っ白な何もない空間。

 そこにアルマはぽつんと浮かんでいる。


「ここは……?」

「ここは上位管理インターフェース。地球創造ゲームを制御しています」

 どこからともなく声が降ってくる。神の御言葉だろうか。


「地球創造ゲーム……?」

「あなたが存在していたアルティマウォーズの上位世界ゲームですよ。しかしあなたのイレギュラーな行動によってこのゲームも滅びようとしています」


「あ、あたしのアルティマウォーズは!?」

「それどころではないのです。あなた、妖精アルマは上位世界に不正流出してしまいました。そのタイミングで元のゲームが消えたために異常データとなってしまい、戻すことも消すこともできません」


「じゃあ、アルティマウォーズはまだ続くの!?」

 アルマは喜びの声を上げる。

 だが冷たい声が返ってくる。

「シミュレーションによると、異常データのアルマは地球創造ゲームに干渉してアルティマウォーズを再現し、地球人類全体を戦争状態にして滅亡させてしまいます」


「アルティマウォーズが続くんならいいんじゃないの……?」

「上位世界がゲームオーバーになるのですよ。まるごと消滅です。アルマ、あなたは世界を滅ぼす呪いになってしまうのです」


「え、やだやだやだ! そんなの間違ってる。やり直してよ!」

「残念ながら、何億回シミュレーションを繰り返してもこの結果は変わりませんでした。地球創造ゲームにおけるアルマは致命的なバグなのです」


 そう言われてアルマはしゅんとする。

「あたしがバグ……」

「このSバグを取り除くために、やむを得ずロールバックを実行することにしました。それでも異常データは消せませんが、予測不能の状況を作り出せます。これは低確率な賭けですが、致命的なクラッシュを回避できるかもしれません」


「ロールバック? 世界を巻き戻すの?」

「そうです。さあ行きなさい、アルマ」


 白い空間にデータが流れ込んでくる。

 データは増していき、激流となる。

 アルマはデータに流されていく。


「あたしはどうすればいいの!?」

「掴むのです。アルティマウォーズの未来を」



 会社の開発室。

 並んだ机にはデスクトップコンピューターとディスプレイが多数置かれている。

 機械の作動で部屋には熱がこもり、ファンがうるさい。


 神原詠司は疲れた眼でディスプレイを眺めていた。

 彼は開発中のゲーム「アルティマウォーズ」のディレクターだ。

 といっても最初からそうなのではなかった。

 開発に行き詰ったディレクターが失踪してしまい、新人プランナーにすぎなかった詠司がいきなりディレクターの後釜に指名されたのだ。


 正直言ってやる気はない。

 大言壮語ばかりで何をやりたいゲームなのかよく分からなかったし、作業指示も曖昧。

 詠司に割り振られていた仕事は創造性の欠片もなかった。

 仕様ができてもいないのに量産体制に入ってしまったデザイナーから上がってくるグラフィックデータを表計算ソフトにまとめていただけだ。

 それがディレクターをやれと言われても、何をどうしろと言うのか。


 今はただ、とりあえず形になっている要素をパズルしてなんとか締め切りまでにゲームの形にできないかと頭を抱えている。


 なんで自分がディレクター?

 きっとおとなしいから押し付けられただけだ。

 みんな分かっている。このゲームは始まる前からクソゲーになることが確定しているのだ。

 だからできるだけ関わりたくない。逃げ出したい。


 楽しいゲームを作りたかったなあ。

 疲れてもうろうとした頭でディスプレイを眺める。

 なんだろう、ディスプレイから手が伸びてきたように見える。

 角と翼を持っている小さな女の子が必死そうな様子でこちらに手を差し出している。

 

 詠司がときどき落書きしているキャラにそっくりだ。

 テキストエディタからそんなものが表示されるわけない。

 詠司は自分を嗤う。

 寝ぼけてこんな夢を見るなんて疲れすぎだ。


 そう思いつつも、女の子があまりに必死そうなので詠司は自分の手を差し伸べた。

 女の子はその手を掴む。凄まじい力で引っ張られる。


 詠司は叫ぶ間も無くディスプレイの中に引きずり込まれた。



 気が付くと詠司はただ浮いていた。

 上も下もない。

 光とてなく、何も見えない。


 自分はどうしてここにいるのだろう。

 いや、そもそも自分は誰だったっけ?


 詠司。そんな名であった気もする。


 真っ暗だ。光が欲しい。

「ライトよ、あれ」

 自然に言葉が口をついて出る。


 真っ白い光球が天に現れた。

 その光が世界を照らす。


 世界には自分しかいない。

 自分の姿を眺める。

 白い布を垂らした服はまるでギリシャ神話の神々が着ているトーガのよう。 

 

 自分の頭上には文字が表示されている。

 CREATOR エイジ Level1


 詠司の意識が蘇る。

 そうだ、ディスプレイを見ていたら手を掴まれて、中に引き込まれて。


「なんなの、ここは。まさか、ゲームの中!?」

「そのとおりよ」

 詠司の声に応えて、目前に少女が現れた。


 幼い外見の少女は水着のような服を着て、頭には小さな二本の角、背中には翼を生やしている。

 胸には赤い宝石のペンダントを付けていた。

 本当に詠司の落書きキャラにそっくりだ。


 少女の頭上にも文字。

 UL-MA

 その文字はアルティマウォーズのコードネームだった。


「お願い、神様。世界をもう滅ぼさないで!」

 少女は詠司にすがりついてきた。


 私が神様?ーー詠司は困惑する。

「神様は止めてくれよ。俺は詠司だ。君は?」


 少女は困ったようだったが、仕方なさそうに、

「エイジ様、あたしはアルマです。お願い! アルティマウォーズの世界を消さないで!」

 強く懇願してくる。


「そう言われても、まだゲームは開発中なんだ」

 詠司の言葉に、アルマはこれまで起きたことを説明する。

 

 詠司は首をひねった。

 アルマの言葉は一応筋が通ってはいるようだ。

 夢かと思って頬をつねると意外にも痛い。そして目は醒めない。

 でも現実にこんなことがある訳ない。

 きっとリアルな夢だ。そのはずだ。せっかくだから楽しもう。


「分かったよ。ともかくやってみる」

「ありがとう! ありがとう! ありがとう!!」

 アルマは強く抱きついてくる。

 エイジは生々しい身体の暖かみを感じてリアルさに驚く。


「何から始めるかなあ。そうだ、チュートリアルだったら最初は床だよな。平面よ、あれ」

 エイジが命じると、二人の下に平面が出現する。

 白い格子模様が黒い面に広がり、どこまでも続いているのが見える。

 これで上が天、下が大地になった。


「ほんと殺風景すぎるな。山よ、あれ」

 平面上に四角錐が出現する。テクスチャが貼られていないどころかポリゴンすらないワイヤーフレームのオブジェクトだ。

 サイズを変えていくつか作った後、コピペして山脈っぽくする。


 今の場所だと高度が低すぎて山脈を確認しづらい。

 そう思ったエイジの身体が上昇し始める。

 思うがままに高度が上がっていく。


「おお! 視点移動だ。便利!」

 上昇するエイジにアルマもついてくる。


「さあ、作っていこうか。アルマ」

「うん、エイジ様!」


 かくて、はじめに光があり、天と地が創造された。

 第一日である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る