第2話 場面設定

 そこには一人の男がいる。そいつは通いなれた通学路を、今は春の盛りで一斤染めの桜が雲一つない空色の空に映えているというのに、それにはすっかり無関心の様子で、さらに気だるげである。歩くたびに揺れ動き、カチャカチャと軽やかに金具をならすカバンからは、かろうじて今日はなんも持っていかなくてもよい特別な日であることを察することができるが、どう見ても、この体たらくからは新入生を歓迎する気持ち、つまり今日は入学式なのだが、そんなことはみじんも感じさせないのである。入学式と言えど自分にとっては褻、くだらない日常に過ぎないと言わんばかりの有り様だ。そう、彼とは斎藤真のことだ。彼は日常など飽き飽きしていると言わんばかりにため息を吐く。しかし、これは彼にとって仕方のないことだった。なぜなら彼にとっての「ハレ」は、彼の幼き日の幻想と共に消え去ってしまったのだから。

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