部長と部下の黙示録

銀杏1986

第1話 終わりの始まり

2020年 4月。

未曾有のウイルス危機に世界は混乱を極めていた。

ってほどではまだなかったはずである。

とにかく新型ウイルスの情報が錯綜し、あることない事が囁かれ、やはり例外なく陰謀論を唱える人間も少なくはなかった。この年に新卒として「中村」は入社してきた。


ここで登場人物その1、僕こと「工藤」の自己紹介をさせて頂く。

札幌生まれ札幌育ち、1985年に産声を上げ高校は男子校に進学。

国立大学に現役で進学するも、4年次に自主中退。あ、この辺の事情は別の機会に。

社会の歯車になりたくなくて、22歳から25歳までフリーターとして社会の浅瀬をノンプレッシャーで遊泳し25歳で初めての就職。

就職を機に結婚。27歳で転職に成功し34歳の現在は妻と2人の子どもアリ。

昨年購入した庭付きの一軒家に住み、夢見ていたローン地獄に無事突入出来た。


当たりまえのことを当たり前に書き連ねることに、多少の憚りの感情は抑えられないがあえて書かせていただく。


「社会的なステータスと個人の幸福度は必ずしも比例しない」


色んな所で見たり聞いたりしたセリフだ。

景色と同化するくらいのレベルで当たり前な事を言っているな、という認識でしかなかったこの言葉だが、当事者としてこの言葉を目の当たりにすると喰らっちまう。


将来の自分が、2020年はどんな年だったか?と聞かれると間違いなくこう答えるだろう。


「中村が入社してきた年だね」


中村は女子社員として2020年4月の新卒として入社してきた。

身長が170センチありモデルのような容貌だった。あいにくコロナ禍真っ最中に付き、マスクを着用しているため顔は良くわからない。

しかしきれいな目をしていたはず。


入社後すぐに人事部長直轄の組織に配属された。

半年ほど色々な業務に触れさせた後で適正を見て所属部署を決めるという経営陣の考えらしい。


当時の私は営業部の№2としてとにかく売り上げを獲ってくることに腐心していた。

持ち前のまじめさと負けず嫌いな性格が携わる仕事に見事にマッチし、個人の売り上げはおそらく全社員の中でも1位だった。


中村が入社してきたときも、「あ、今年は新卒採用したんだ、、」くらいのもんで、

「ちゃんと挨拶できる子かな?」くらいの興味関心しかなかった。

とにもかくにもコロナ禍で変化を求められていた企業の一員として、売り上げを守るために何をすべきか、を四六時中考えていたのだ。


中村の入社から2ヶ月が経ち6月。

部署の配置が遠い事もあり、この2ヶ月で会話したのは2回ほど。それも内容はほぼなく、「これあそこに運んでおいて」 「あ、はい」くらいのものだ。


僕は社長に呼ばれた。

この時期は部署異動の時期でもあり、各部署のボス達がここ数日、代わる代わる社長に呼ばれていた。


「部署異動か、、?」


仮に部署異動を命ぜられたとしても特に問題はない。


今の部署は会社の利益を一番生み出すチームであることは間違いないが、必要とされればどこにでも行こうという意志でいた。


会議室に入室し、社長が座っている正面に座る。


「新しい部署を作るんだけど、工藤にそこのボスになってもらおうと思っているんだ。思っているというかもう決めているんだけど」


こんな時どんな表情をすればいいか僕は知っている。


口は真一文字に固く結び、視線は相手にまっすぐに向ける。

力強さの中に、一抹の不安を滲ませた眼で、小刻みに頭を縦に数回振る。

時間にして3~4秒、沈黙を作りその沈黙を自ら破る。


「はい」


「はい!」ではなく「はい」なのだ。


この時を待っていた。


おそらく数年以内に管理職になれるだろうとは思っていた。

年功序列の価値観もうっすらと残っている当社では最低でもあと2~3年はかかるだろうと思っていたが、その時は意外にも早く訪れた。


とにもかくにも僕は34歳で最年少の管理職になった。


そして同時に僕が率いることになる部署のメンバーも告知された。


清水さん(男) 46歳 社歴23年のベテラン社員


石川  (男) 27歳 中途入社で3年目の若手。僕がかなりかわいがっている後輩だ。


中村  (女) 22歳 今年の4月に入社した新卒女子。


告知された後、社長・僕・それぞれのメンバー1人ずつの形式で新部署設立の告知が行われた。


清水さんは厳かな表情で、しかし温かな眼で僕を見てくれた。

石川は僕を慕ってくれていたので「がんばります!」というわかりやすいリアクションで場を和ませた。


中村は、、「?」の表情をしていた。


そうして2020年6月の暮れに、我々はお互いを始めて「認識」したのである。



物事にはすべて終わりがある。

終わりがあるから始まりがあるのだ。

終わりのないものには、始まりがない。


この話にもいつか必ず終わりが来る。


そういう意味ではこの日が「終わりの始まりの日」であったことにしておこう。


2話へ続く。



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