砂時計の王子 〜episode 0〜

まこちー

序章

(このエピソードは『砂時計王子』本編を読んでからお楽しみください)



〜元シャフマ王国歴 1001年〜

〜元シャフマ王国 王宮跡地近郊の街〜


「アレスト!こっちにもお酒!間に合わないわよ」

「ぐっ……今夜は忙しすぎるぜ。しかし儲かるねェ……今月は先月よりもだいぶ良い暮らしができるんじゃないか?」

「窓の立て付けを直すだけで精一杯じゃない?」

30歳の誕生日に一度は消えたアレストだったが、31歳の誕生日に再びシャフマ王宮跡地に現れてルイスたちと再会を果たした。砂時計が割れた影響でルイスもまた「砂時計の実験」前の自我を取り戻したのだった。

そして1ヶ月が経った今、2人が何をしているかと言うと……。

「アレスト!その厚い体は飾りかよ?おらっ、もう1つ樽運べ!」

「うううっ……手厳しいねェ……お、重う゛っ!!!!!」

復興しつつある元シャフマ王国の酒場で働いていた。

ここはアレストが26歳のとき、そして28歳にも利用していた酒場だ。29歳のときに王宮がラパポーツ公たちに乗っ取られた時も力を貸してくれた店主が経営している。

「全く……お前は元王子だからか知らねぇが、見た目のわりに力がねぇなぁ」

「うおおおお゛っ……!いやいや、いけるぜ!ふうっ、まだまだぁっ!」

アレストは魔法を使いすぎて物理的な力をほぼ使ってこなかったのだ。シャフマ王子たちが代々持っていた超人的な魔力は砂時計が割れたことで弱まり、普段使いできる浮遊魔法も小さなコップを浮かす程度になってしまった。

(おかげで体は引き締まったが)

以前よりも筋肉がつき、腰が細くなった気がする。

(同時に食う量も増えた)

元々大食いだったが、最近はもっと食べている。

(この仕事を終えた後に食うまかないは絶品だから仕方ないよなぁ……)

たくさんの肉と酒を煽る時間。思い出すだけで涎が出る。

「おい!アレスト!ルイスが待ってるぞ!」

「……ハッ!今行くぜ!」



「ふぅ、やっと閉店だ……」

客がいなくなった店の椅子に座るアレスト。

「その椅子の下を拭くから退いて」

「あ、相棒。すまない。今退く……」

「……ごめん、いいわ。そのままで」

ルイスが器用に椅子の下を拭く。

「え?いいのに」

「疲れたでしょ。休んでなさいよ」

「……」

(嬉しい……)

胸の鼓動が大きくなっていく。口元が緩んで、ただ座っていることができなくなる。

アレストは床を擦るルイスの後頭部で揺れるポニーテールをギュッと掴んだ。

「いった!!何するのよ!」

「っ……!ギャハハ!!」

そのままルイスの背中に覆いかぶさって体重を乗せる。

「お、重っ!!掃除してるって言ったでしょ!?やだ、エプロンに床の油が……最悪……」

「相棒……戻ってきてくれてありがとう……」

アレストの愛情表現はまるで大型犬のそれだ。突然ちょっかいをかけたと思ったらとっしんして来る。

「もう……。分かったから退いて……本当に重いわ」

「嫌だね」

「もう……」

こうなると面倒くさい。

「休んでてって言ったけど、やっぱり床掃除を手伝ってもらおうかしら?」

「あっ、いやそれは無理だ。俺は疲れちまったからな」

サッと椅子に座り直す。

「……」

口笛を吹くアレストの横顔を見て、ルイスはまた作業に移った。



シャフマ王国は滅びた。歴史書には『アレスト・L・レアンドロが最後の王子であり国王』と記されるだろう。

この国は砂時計に始まり、そして砂時計で滅びた。

砂時計は代々王子に継承され、それは超人的な魔力を宿した。

砂時計が創られたのは1000年以上前のことだ。もう伝える者はいない。知らなくても良い。

しかし、ツザール村には記録が残っていた。300年生きるロヴェールはその書物を大切に保管している。

それを元に、これからはもう誰も知らない物語、シャフマ王国の神になった王子の話をしていこうと思う。

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