第103話
手のひらが異常に汗ばんで、ドクドクと音を鳴らす心臓が痛かった。
グレース皇后陛下の中にいても、フェリシテ様の悲痛な思いが苦しいほどに伝わってくる。
私も最初は‥この悲劇の元である“魔女狩り”自体を回避するべきだと思ってた。
テッドのお母さんやお姉さんの話を聞いたり、帝国民たちの悲しみを考えると、魔女狩りを無くすべきだと思った。
実際過去に来て、改変されているとはいえ魔女たちが悪者にされる理由なんて一切見当たらない。
だけど‥
「‥‥でも、魔女狩りがないと、生まれるべき命が‥‥‥生まれてこないんです‥」
喉が焼けつきそうだ。なんとか絞り出した声は、弱々しく震えていてなんとも情けないものだった。
魔女狩りがすぐに終息するということは、魔女狩りはほぼほぼ行われないのと同じ。
魔女たちが当たり前に人々と共存する世界に繋がる。
もちろんそんな未来こそが、在るべき姿だとは分かってる。分かっているけど‥
フェリシテ様は眉を下げながら、小さく口を開く。
「‥‥あんたたちは見落としてる」
「え‥?」
「‥いや、私も最初は良い案だと思ったんだ。魔女たちの命も守れて、未来で生まれる筈の命が正しく生まれる。その為に魔女狩りが行われ、魔女を避難させて隔離させる。良い案だと思ったよ‥。‥‥あんたたちは、私たちと同じ年数を過ごしてるわけじゃないだろう?次々と変わる時代を把握しきる前に次に進んでいく。だから思い至らなくても仕方ないんだ」
「‥‥な、なんのことですか‥?」
フェリシテ様が口を開く前、バートン卿が小さく「‥あ」と声を漏らした。どうやらバートン卿はフェリシテ様が言いたいことに気が付いたらしい。
「‥‥改変前の魔女狩りは、魔女が全滅した‥という宣言で終わったんだろう?」
「‥あ‥‥‥‥」
思わず口元に手を当てていた。
それをフェリシテ様に伝えたのはフェリシテ様と夜遅くまで語り明かした時のことだった。
「‥それを聞いた時はまだ魔女狩りについてすら漠然としていたし、改変前の終息の理由が魔女の全滅だとしても、改変後も同じ理由になるとは限らないと思ってた。だって、皆が幸せになる為の道を模索している筈だったからな‥。‥‥だが時が経つにつれ、魔女狩りが近づくにつれ、本当にこれでいいのかと焦りが募っていったんだ」
「‥‥‥っ‥」
「なぁ、サマンサ。この流れで魔女狩りが始まるならば、やはり終息の理由は“魔女の全滅”だと思わないか?‥‥魔女が全滅しているのが前提の世界で、魔女たちはどうやって生きていけばいい?」
きっと魔女が生きているのが分かれば、魔女狩りは終わらない。
次々と場面が変わっていく中で、魔女狩りが行われるのかすら分からないまま飛び続けてきた。
レオンが隣にいてくれるという希望に縋り付きたくて、魔女たちを避難させるという答えに食い付いていた。
その後まで、考えられていなかった。幸せに繋がる筈だ、と漠然と信じていたから‥。
カタカタと指先が震え出した。
立っているのも辛い。あぁ‥私はなんて浅はかだったんだろう。
「‥どうすれば‥‥どうすれば、いいんでしょうか‥」
全てを救える方法だと確信していた。けど、全然じゃないか。突然地面が抜けてしまったような感覚に陥る。どんどんと奥底に沈んでいってしまいそう。あぁ、これを絶望と言うのかな。
ーー生まれるべき命を救いたい。だから魔女たちは死ぬまで拠点で大人しくしてください。グレース皇后陛下も今ここで命を絶ってください。‥なんて、そんなこと望んでもいないし言えるわけもない。
「‥‥‥サマンサ、あんたの気持ちは痛いほど分かるし、協力してやりたいよ。‥だけどこの方法は、帝国中の悲しみだって救えやしないだろ?」
そうだ。このままでは、魔女狩りで家族を失った人々の悲しみだって癒せない。暴動が繰り返し行われる未来に繋がってしまう‥。でも‥
「で‥でも、私、レオンに居て欲しくて‥‥レ、レオンが居てくれないと‥」
ああ、苦しい。呼吸をすることも辛い。溺れてしまいそうだ。
「‥皇女様、ほら、深呼吸してください」
絶望からか目が回りそうになっていた私の背を、レオンが優しく支えてくれた。
「‥レ、オン‥‥」
レオンは私を心配そうに見つめているものの、自身の身を案じてはいないようだ。
「‥‥忘れちゃったんですか?俺の仮説」
「‥‥え?」
「‥皇女様の思い描く未来が大筋だって説ですよ。‥その未来に俺はいるんですよね?」
あぁ、いけない。レオンの声が優しすぎて、目頭が熱くなる。
ズビッと鼻を啜りながら頷く。
「‥いる‥‥」
「魔女狩りで不幸な思いをした人たちのことは思い描きましたか?」
ぽろぽろと溢れてしまった涙。レオンが私の頬に指を当てて、涙を掬い取ってくれる。
まるで底に沈んでいた私の心まで掬ってくれているみたいだ。
「ゔん‥皆、幸ぜになっで欲じいって‥」
魔女狩りによって訪れた不幸。そんな苦しみや悲しみから解き放たれて欲しいと願った。
レオンが私の頭をそっと撫でた。まるで愛しいもの見るような優しい目で私を見ている。
「じゃあ大丈夫です。魔女狩りがすぐに終わっても、皆幸せになれるし、俺も皇女様の隣にいるはずですよ。‥‥それに魔女狩りが終わらない世界が未来に繋がる正解なら、俺たちがどう動いても魔女狩りは終わらない筈です」
「‥‥ゔん‥」
私はずびずびと鼻を啜りながら涙を流し続けた。
ーーあぁ、私はきっとこの人を好きになるべくして好きになったのだろう。
心からそう思った瞬間だった。
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