第91話



 あくまでも仮説だけど、魔女狩りに至る経緯を予想して皆で共有することができた。


「ーーーいつ魔女狩りが起きてもいいように、各地にワープ能力を持つ魔女を配置することにしたんだ。そいつらは元々魔女だったんだけどね、更にワープ魔法も使えるようになったのさ」


 ひとりにつき魔法は一種類だと思っていたけど、複数所持することもできるんだ‥。


 もう既に未来を改変している今、この状況下で生まれる命が未来と一切変わらないとは言い切れない。

 それを阻止しようと頑張っていても、どこかで誰かの運命は必ず変わってしまっているはずだから。


 フェリシテ様が既存の魔女にワープ魔法を授けた理由はそこにあると思う。また新たに魔女を作り上げると、その魔女に関係する命の運命を変えてしまう恐れがあるから‥。


 魔女狩りを回避できたとしても、魔女だからという理由で本来結婚する筈だった人と結ばれない可能性もある。


 きっとフェリシテ様は、そういうところまで考慮してくれたのだと思う。生まれてくる命を、改変前と出来るだけ変わらないようにしてくれている。



 ーーアロイス皇帝が即位してからカマル殿下が処刑されるまでは10数年あるから、魔女狩りまではかなりの時間の猶予がある。

 フェリシテ様が人々に力を授けるのは大変なことらしいけど、その年月があれば各地にワープ魔法が使える魔女を増やせるはずね。


 ‥でも‥‥


「ーー改変したことで、フェリシテ様とカマル殿下の関係性が変化している今‥果たして魔女狩りを行う流れになるのでしょうか」


 私は視線を落としながら、言おうか言わまいか迷っていた台詞を落とした。


 ーーカマル殿下がこの森に居続けるのは、側近の人たちにも魔法の力を授けてほしいから。でもそれが叶わないとなれば、カマル殿下は王座を奪いに行けないんじゃないかしら。本人は諦めないと言っていたけど‥。


「‥‥魔女狩りが行われないってのは私らにとっちゃ死ぬほど嬉しい話だがね。確実にお前は消えるなぁ」


 フェリシテ様がレオンをピシッと指差してそう言うと、レオンは少しバツが悪そうな顔をした。


 魔女狩りから逃れる為の避難。それによって魔女も死なないし、生まれてくる予定の人々も守られる筈だった。


「‥‥魔女狩りが実際に行われなくても、行われてるって嘘をついて避難させる‥のはどうでしょうか」


 ダメ元でそう提案をすると、フェリシテ様はゆっくりと首を横に振った。


「魔女狩りは何年にも渡って行われてたんだろ?魔女狩りが行われていないという話なんて直ぐ耳に入るさ。そのうえでずっとこの森に囲い続けるなんて不可能だね。いくら正当な理由があったって、いまを生きる魔女たちには正直関係ない話さ。家族や友人に会いたくなって、誰も言うことを聞かなくなる筈だよ。何年も何十年も私の魔法で言うことを聞かせ続けるなんて、そんな非人道的なことはできない。操る人数を考えたらそもそも魔力も直ぐに尽きるさ」


 魔女たちにだって意思がある。当然のことだ。

魔女狩りを避ける為ならまだしも、『未来を変えたくないから家族やボーイフレンドと離れ離れに暮らしてください』なんて誰も首を縦に振りたがらないはず。


「あんたがそれを言うのかよ」


「あぁ?どういうことだい?」


 レオンはやるせ無さそうに息を吐いた後、フェリシテ様にこれまでのことを話した。元々出会った時にザッと流れは説明していたけど、まだ話せてないことも沢山あったのは確かだ。


「あんたは10年間、皇女様の体に入り続けていたんだよ。皇女様が心の中でいくら叫んで止めようとしても、まるで聞く耳を持たなかった」


「‥‥」


 この時代のフェリシテ様が明るさを失う様を、この時初めて見たかもしれない。


「レオン!やめてよ、そんなこと言ってどうするの」


 フェリシテ様は未来の魔女の母とはまるで違う。魔女狩りを回避できる可能性が高い今、きっと未来の私はもうあんな目には合わない。


 だから今ここでフェリシテ様を責める理由なんて‥


「‥すみません。‥‥俺も魔女の計画に、加担していたのに‥」


 レオンは苦しそうに眉を顰めて俯いていた。

幼い頃から魔女の母と共にいて導かれていたのだから、レオンはその道を歩むしかなかった。

 それに、その道が正しくないと気付いて私の味方になってくれたのだから、私はもうレオンを責める気なんて全くない。


 だけどレオンにとってはいつまでも心に影を落とす要因になってしまったのだと思う。


 ーーレオンの言葉を聞いたフェリシテ様は、数秒黙った後に「そうか」と小さく呟いた。


「‥‥私は思っていたよりも堕ちていたらしいな。すまんな、皇女様、レオン」


 いまのフェリシテ様には理解すらし難い話のはずだけど、フェリシテ様はいつもの眩しい笑顔を見せることなく、力なくそう言い放った。


「いいんです、フェリシテ様。‥理由なく悲劇は訪れません。貴女がそこまで苦しむ理由があったんです」


 辛くて苦しくて、魔女の母を恨んだ夜は何度もあった。

だけど今はもう魔女の母も苦しんでいたことを知っているから。


 ーー話を戻そうと口を開こうとすると、バートン卿が「おかしいな」と首を傾げた。


「どうされたんですか?」


「‥いえ。その、今回はなかなか飛ばされないなと」


「あ‥確かに」


 いつもならもう次の場面に飛ばされていてもおかしくない。


「ということは飛ばされるキッカケは、時間じゃないということですね」


 バートン卿の言葉に頷いた。


「改変に繋がることができた時に飛ばされているのかしら‥」


「恐らく‥。この時代で私たちがするべきことがまだ残っているのかもしれませんね」


 ーー今まではフェリシテ様に未来の話をしたことでフェリシテ様の行動が変わったから、場面が移っていたのかもしれない。


 今回はカマル殿下との接触もあったけど、魔女狩りが行われるかどうかが定かじゃないし、どうすればいいのかも定まっていない。


 この時代でできる、改変のためのキッカケは一体なんだろう‥。

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