第81話
レオンが作ってくれた寝床と、密着するレオンの熱で凍えることなく夜を過ごした。
二重に重ねたマントの中は、2人から発せられた熱が籠っている。その熱を逃がそうとマントの中から壁側の腕を出すと、体は一気に冷たくなった。
レオンを意識して眠れないんじゃないかと思ったけど、長旅の疲れが溜まっているのか意外にも眠りは深かった。
「っくしゅっ」
自分のくしゃみで目を覚ますと、空はもうだいぶ明るい。
「‥‥大丈夫ですか?」
レオンがそう言って、私が剥いでいたマントをかけ直してくれた。
まだ脳が目覚めてなくて意識は虚だけど、レオンの些細な気配りや優しさが胸に沁みる。
ありがとうと伝えなきゃ‥と思いつつも重い瞼が上がってくれない。
「‥‥‥甲斐甲斐しい」
ぽつりと溢れた言葉は、私がここ数日レオンに対して抱いていた印象だった。もしやいまの言葉は口から出てた‥?と一気に目が覚める。
「‥‥‥‥ぷっ、くっくっ‥‥‥なんですかその寝ぼけ方」
「っ!!!」
ーーどうやらばっちり聞かれていたらしい。
ありがとうの代わりに甲斐甲斐しいと言ってしまうなんて、なんて間抜けなのかしら。あまりにも恥ずかしくなった私はそのまま寝たふりをしてやり過ごすことにした。起きてから何か言われてもしらばっくれてしまおう。
「‥‥寝てるふりを続けるんですか?頬真っ赤ですし瞼ピクピクしてますよ」
「っ!!」
堪らずに瞼を開けるとレオンが目を細めて笑っていた。可愛らしく跳ねているレオンの寝癖が視界に入る。距離感がおかしすぎて目眩がしそうだ。
「‥‥おはようございます、皇女様」
「‥‥‥‥おはよ」
この旅ではもちろん化粧をしてくれる人も髪を整えてくれる人もいない。
離宮にいる時とは違う、この自然体すぎる姿を見られることにはやっぱり抵抗がある。
寝起きの顔をあまり見られたくなくて、私は寝床から外に這い出た。
ーーー朝日が眩しい。
「寒っ」
マントを着なきゃダメだわ、と寝床を覗き込むとちょうどレオンも外に出てきた。
「火が消えてますね。今付け直します」
そう言ってレオンは私にマントを被せてくれる。
私がくしゃみをしたせいでレオンのことも起こしてしまったのに、全く嫌な顔をせずに直ぐに動き出せるなんてすごいわ。
やっぱり、レオンは甲斐甲斐しい。
ちなみに初めて2人で宿に泊まったときに、レオンが髪を結ってくれようとしたことはあった。でも髪に触れられるのが照れ臭くて自分で結うことにしていた。スカーフを巻くから、正直適当でもなんとかなってしまうのだ。
冷たい川の水で顔を洗う。既に目は覚めていたけど更にシャキッと目が覚めた。
「レオン!川の水、すごい冷たいわ!」
「雪が降る前に果実が見つかるといいですね」
軽く冗談を言い放ったレオン。でも私はその冗談を間に受けてしまった。
「‥‥そんな時期まで山暮らしはさすがに無理よ‥。凍え死んじゃうもの‥」
「あはは。その前に必ず魔女に見つかりますけどね」
そうね、冬の寒さも問題だけど、一番の問題は魔女の母だわ‥。
「こうしちゃいられないわ。早く探しにいきましょう!」
「まぁ、まずは朝食でも食べましょう。スープとパンくらいしか用意できませんが食べないよりはマシです」
そう言うとレオンはテキパキと朝食の準備を始めた。レオンの生活力に心底感心する。
ーースープは体の芯を温めてくれた。ハーブや香料で味付けされた優しい味。
「レオンは何でもできるのね」
「そんなことないですよ。できないことだって沢山あります」
「例えば?」
「んー‥‥。皇女様のことをこのまま攫ってしまう、とかですかね」
「へ?」
予想外の言葉すぎて思わず変な声が出た。
攫うって‥。いま“幸せな未来”の為にこんなに頑張っているのに‥?
「‥冗談ですよ。ちゃんと皇女様の幸せを考えてるから、こうしてサバイバルをしてるんじゃないですか」
動揺する私とは打って変わって、レオンは涼しげな表情のままだ。
「‥‥‥私の幸せを考えないなら、私を攫いたいってこと‥?」
「そういうことになりますね」
言葉がまるで出てこない。何故‥?という怪訝な顔の私を見て、レオンは小さく吹き出すようにして笑った。
「なんていう顔してるんですか。‥‥皆が幸せになればいいって勿論俺だって思いますよ。でも、俺、正直皇女様がいればそれでいいんですよね」
「‥‥私を救いたいとか、なんとか、言ってたじゃない‥」
「はい。だからいま全力で力になってるつもりですけど」
「‥‥‥‥過去に戻れたら、離れ離れになるかもしれないから‥?だからそんなことを言ってるの?」
レオンは伏し目がちに口角を上げた。なんとなく寂しげなその表情を見ていると、胸がギュッと苦しくなる。
過去に戻るという魔法が、どんな効果をもたらすものなのかがわからない。
過去をやり戻した時、奮闘している現在の記憶があるのかわからない。
魔女狩りなんてない幸せな未来を作れた時に私たちの今の記憶がなければ、私はただ皇女として平凡に過ごすだろうし、レオンは騎士にすらならないかもしれない。
「‥‥わがままなんですよ、実は俺。でも大丈夫です。皇女様の想いを優先させますから。‥‥俺、もう猫じゃなくて貴方の騎士ですし」
離れ離れもなにも、そもそも私たちは男女の関係じゃない。想いが通じ合ってるわけじゃない。それなのに‥
「やり直した未来でも、私の騎士になってよ」
私はそんなことをレオンに言ってしまった。誰かに何かをお願いすることなんて、今まで殆どなかったのに。
魔女とか猫とか、そんなしがらみを取っ払った状態で出会えたら‥きっと素直に好きだと伝えられるんだろうな。
「‥‥俺だって騎士になりたいですけど‥そんなこと言われても保証なんて‥」
「私も貴方と一緒でわがままなのよ、実は」
ふんっと強めに言い切ると、レオンは数秒経ってから小さく笑っていた。
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