第80話
レオンが言っていたように、陽が沈むと随分と気温が下がった。
寝床の材料を集める際に果実を探したけど、それらしいものは見つけることができなかった。今日は寝床作りでいっぱいいっぱいだったけど、明日陽が登ったら朝から果実を探しに行こう。
寝床の入り口にある火にあたりながら、レオンが用意してくれたお湯を飲む。これは、布同様にレオンが道すがら調達していた小鍋と木製のコップを利用したもの。
「‥あったかいわ‥」
お湯が体の中を通っていく感覚がわかる。冷たい夜風を浴びながらスゥッと内側から温められていく心地よさ。マントに包まりながら、私はレオンと目を合わせた。
レオンもまたお湯を飲みながら、ふぅ、と小さく息を吐いている。レオンは陽が沈むギリギリまで、この寝床周辺の環境を整えてくれていた。
一方の私は枯れ枝や乾いた樹皮を集めることしか出来ていないから、どれだけ自分が無知で無力なのかを思い知らされてしまうけど‥でもきっと、突然山で生活をすることになったら大抵の人が私のように「何をするべきか分からない」という状態になるんじゃないかしら‥。
「皇女様、寝る前にラベンダーの香水を付け足しておきましょう」
「あ、分かったわ」
レオンに言われるがまま、私は後ろ髪を持ち上げて頸を露わにした。プシュッと噴霧されると途端にラベンダーの良い香りが漂い始める。
水辺から多少距離のあるところに寝床を作っているけど、山での生活には虫除けが必須らしい。なんでも、柑橘類やラベンダーの香りを嫌う虫もいるそうで、私たちは2人ともラベンダーの香りに包まれることになった。
「ふふ、いい匂いね」
「そうですね、癒されます」
火に更に枝を焚べてから、私たちは寝床の中に入った。天井の高さは私が寝床の中で座っても頭がギリギリ付かないくらい。体の大きなレオンは座ることはできないから、随分窮屈そう。
「よいしょ‥」
自然のものでできた寝床はなんだか凄くロマンがあって素敵だけど‥。分かっていたはずだけど、横になってみると密着度が凄い。
端ギリギリまで寄っても、お互いの体が触れ合う距離感。
「こ、この中はやっぱり暖かいわね。風が遮られてるから」
「そうですね。でも、夜中はもっと冷えますから」
レオンはそう言って、自身が羽織っていたマントを私にも掛けかけた。
私が冷えないように気にかけてくれたんだな、と思うと途端に胸が苦しくなる。
触れ合う熱も、同じ布に包まれているという一体感も、この空間に漂うラベンダーの香りも、全部全部レオンを感じておかしくなってしまいそう。
「わ、私のマントも一緒に‥」
モソモソとマントの中で体を動かして、私のマントもレオンに掛けた。目と目が合うその距離が異様に近くて息をすることすら憚られる。
「‥‥皇女様をこんな環境においてしまってすみません‥。早く果実が見つかるといいですね」
遠くでフクロウが鳴いている。
静かな夜に、レオンの声がすぐ側で響く。
ああ、もう。レオンを意識している場合じゃないのに。
いまこの間にも王宮で苦しむ人たちがいるかもしれないのに。
どうしよう。‥この状況を嬉しく思っている自分がいる。
「‥‥‥むしろこんな温かい寝床につけるなんて幸せよ。‥‥‥レオン、ひとりで頑張りすぎないでね。私も夜中に火を焚べたりするから。貴方だけに負担がかかる生活は送りたくないの」
私がそう言うと、レオンが優しく微笑んだ。
「‥‥なんか、勘違いしてしまいそうです」
「え?」
「皇女様に本当に想われてるみたいだなぁと。‥‥あ、嘘です。すみません。気色悪いこと言いました」
ぱちぱちと火が燃える音が聞こえる。
レオンの言葉を頭の中で反芻しながら、何と言ったらいいのかを考え続けた。
「‥‥‥こうして一緒に過ごしてるんだもの。レオンのことを気にかけるのは当然のことでしょ」
ーーーーきっと、レオンが言いたいのはそういうことではない。恋愛感情のようなものをもってレオンを想っているかどうか、だ。
レオンとキスをしたり、好きだと伝えたり‥そんな出来事をひっくるめたうえでそんなことを口にするということは、暗にあれが演技だったのだとレオンは気付いているということかもしれない。
「‥‥明日も1日体力を削られますから、ゆっくり休んでください」
「‥‥‥レオンもね」
踏み込みたいけど踏み込めない。
間違いなくレオンを意識して想ってしまっているけど、心のどこかでこの気持ちを正当化できずに引っかかっているところがある。
好きなのだと認めているけど、報われたいとは思えない。
それは、この混沌とした世を救う為に奔走している私たちに、そんな感情が必要ないのだとお互い分かっているからかもしれない。
ーーーーーーー過去をやり直せたら、こんな風に2人で過ごす時間なんて訪れない。過去をやり直せなかったら、ただただ破滅を待つのみ。
レオンの優しい瞳を見る度に、レオンに想われているのだと思ってしまう。だけど私もレオンも、どこか割り切りながらこの時を過ごしていた。
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