第69話


 まるで理解が追いつかない。どうしてここに魔女の母が‥?

ーーー王宮にいる今を狙って、また私の体を奪いにきたの‥?


 まだ魔女の母を倒す算段もできていない今このタイミングで‥‥?


「あはははははっ!最高よ、その顔」


 魔女の母は満足のいくまで笑い続けると、暫くしてからフゥ、とため息を吐いた。


「‥‥‥‥ここは3階だぞ。‥貴様‥‥‥魔女か」


 お父様が地を這うような恐ろしい声を出した。こんな声は聞いたことがない。憎悪が込められた、低い声。


「正解!あんたの娘をずっと乗っ取っていた張本人よ」


 ーーーガタン!!!

 お父様は立ち上がり、魔女の母の首に手を掛けた。ロジェは怒りを通り越したような無の表情で剣を鞘から抜いている。


「待って、待ってくださいお父様!!その魔女の目を見てはいけません!!」


 怒りに任せて魔女の母を倒せるわけがない。このままではお父様が‥、いえ、このままではロジェも‥‥離宮から連れてきた皆も‥‥魔女の母の毒牙にかかってしまう。


 魔女の母の首を絞めていたはずのお父様が力なく床に倒れた。


「お父様?!」

「父上っ!!貴様!よくも父上を!!!」


 絞められていた首を摩りながら、魔女の母はケホケホと小さく咳き込む。

 急いでお父様に駆け寄ると、意識を失ったお父様は目を薄ら開けたまま小さな呼吸を繰り返していた。


「っ、お父様‥」


 騒ぎに気が付いた近衛兵たちが廊下から突入してくるも、魔女の母が彼らの目を見れば近衛兵たちはバタバタと倒れていく。


「きさまぁ!!!」


 ーー剣を振り上げるロジェを見るなり魔女の母は口角を上げる。何かを企むようなその表情にサーッと血の気が引くのが分かった。


「待って!!ロジェに手を出さないで!!」


 バートン卿だけではなく、現状を把握しきれていないクラウス卿までもが剣を握っていた。


 ロジェが魔女の母を斬りつけようとするも、ロジェは突然剣を振り上げたままクルリと後ろを向いた。


 ‥あ‥‥。ロジェの目が、虚ろになっているわ‥。


 突然人形のような顔付きになったロジェを見て、全身の毛が逆撫でされたような感覚になった。


「ーーー皇女様、お下がり下さい」


 ロジェが私に向かって躊躇なく振り落とした剣は、バートン卿が寸前のところで受け止めた。


「ロジェ!!!」


 どんなに大きな声で名前を呼んでも、ロジェは正気に戻ってくれない。

 操り人形のように無表情のまま、何度も何度も剣を振り上げては落としている。


「おいおいおいおい、なんなんだよこれは」


 クラウス卿が冷や汗を垂らしながら焦ったように唇の端を引き攣らせた。


「‥‥ロジェが操られました。クラウス卿はどうかその身をお守りください。そして、一刻も早くここから離れて下さい」


 激しく剣と剣をぶつけ合うバートン卿とロジェ。ここにいたらクラウス卿も被害に遭うに決まってる。


「‥‥‥っ」


 クラウス卿は顔を引き攣らせたまま、剣の切先を魔女の母に向けた。


「皇女様‥私はここで逃げ出すような男ではないのですよ。というか貴女様も魔女なんでしょう?どうにかできないのですか」


「どうにもできません」


「使えないなぁ~!」


 クラウス卿がそう言って困ったような声をあげると、魔女の母は笑いながら私の方を見た。


「皇女様、あんたはどうする?ちなみにリセットしたって無駄よ。このままだとあんたの大切な人たち、みんな好きなようにしちゃうけど」


 容赦なく魔女の母の首を落とそうとしたクラウス卿が、突然剣を手放して座り込んだ。

 どうやらクラウス卿も魔女の母の催眠の餌食になってしまったようだ。


「‥‥‥‥何が、目的なの‥」


 ーーー声が震える。指先は痛い程に冷たくて、まるで血が通っていないみたい。


「‥‥‥あんたの体をまた操ったっていいけど、それじゃまた以前と同じじゃない?だからいいこと思いついたの。あんたの大切な人たちを殺されたくなければ、あんたが自ら悪行に勤しみなさいよ」


「‥‥‥悪行‥?」


「そう。乗っ取られていたあの頃のような行動を、あんたが自らするの。父親や弟をとことんガッカリさせなさい」


「‥‥‥‥‥‥でも、最終的にはみんなを殺すんでしょう?」


 静かにそう呟くと、魔女の母は鼻で笑った。


「‥‥殺さないわよ、もうそれで復讐も終わりにするわ」


 そんな都合の良い話を誰が信じられるか。‥だけどどうすればこの状況を脱せるかも分からない。


「‥‥分かったわ」


 とにかく従うふりをしてでも、今操られてるみんなを解放させてもらわないと‥。


 にんまりと笑う魔女の母に目眩がしそうになる。もう、一体どうしたらいいの‥。


「っ、皇女様!!!」


 部屋に響いたのはノエルとテッドの声だった。2人の後ろにはレオンもいる。


「ノエル‥テッド、レオン‥」


「近衛兵たちが倒れてるって騒ぎになってたから来たんだけど、なにこれ?!どうなってんの!!」


 ーー焦った2人と、眉を顰めたレオン。

2人が助けに来てくれたって状況は変わらない。猫であるレオンまでこの場に来てしまったら、もうできることなんて‥


 楽しそうに笑い続ける魔女の母を見て、足元が崩れていくような気がした。

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