第33話
3人に魔女と猫のことを伝えるべきかどうか、すごく悩んだ。ピアノの練習ができないほど、考え込んだ。
この不安と恐怖を共有したい。
でも、実際みんな“猫”にやられてしまった。リセット魔法が効く相手なら事前に向こうの行動を伝えて優位に動けるけど、リセット魔法が効かないなら伝えたって不安を煽るだけ。
猫が殺しに来た理由、魔女が止めに来た理由。
分からないけど、みんながリセット魔法の存在を知らない今、全てを伝えられるわけでもない。
そもそもリセット魔法の存在を知ったら、バートン卿なんて特に“自分が皇女を殺しかけた”という事実を想像してしまうんじゃないかな。
ノエルだって自分が散々暴れた後のリセットだったことを察してしまうかもしれない。
室内には今、バートン卿がいた。静かに考え込む私を時折ちらちらと覗き込んでいた。
「‥‥バートン卿。魔女はどうして私の中に入ったのでしょうか」
考えても考えても、答えはうまく導けなかった。
「‥‥‥‥皇女様という立場を踏まえて楽しみたかったのではないでしょうか」
確かに魔女も私から出ていくときに『皇女として遊べるなんて最高の10年だった』と言っていた。
でも、なんでだろう。何かが引っかかる。
「‥‥‥お酒や色事を楽しみたかったのなら‥私の体を10歳の頃から乗っ取る必要なんてあったのでしょうか」
バートン卿と目が合った。彼もまた、私の言葉を聞いてまじまじと考え込んだ。
いくら魔女とはいえ、私の体がある程度成長するまではお酒や色事に手を出してこなかった。
その頃の魔女は皇女としての品格を著しく下げて、周囲の人々を傷付け続けていたけど‥それは何年もの間私の中に居続けたいほどに楽しいことだったのかな。
「‥‥皇女様は‥魔女の姿を見たことはありますか」
「‥あります。本当の年齢は分かりませんが、幼女のような姿をしていました」
私がそう告げると、バートン卿は眉を顰めた。
「幼な子が魔女狩りの対象になる事例は今までありませんでした。‥ということは、魔女狩りを恐れて皇女様の体に入り込んだわけではないということですね」
「‥‥そうですね」
本当に“皇女”という立場を楽しむ為だけだったのかな。
なんか、違和感があるというか‥釈然としない。
「体を解放された後‥‥魔女が皇女様に会いにきたことはありましたか」
バートン卿の表情は真剣だった。
「‥‥ありました」
本当、つい先ほどの話‥。猫に襲われ、それを止めに来た。解放したあとの私のことなんて放っておけばいいのに‥‥、あ。
考えの末に漏れ出した今の「あ」は実際に口から出ていたらしい。バートン卿は私の様子を見て小さく頷いた。
恐らくバートン卿と私が導き出した答えは同じ。
「‥‥魔女は、恐らくまだ皇女様を手放していません」
背中に一筋、冷や汗がたらりと落ちていった。
私の体で遊び尽くして満足したから出ていった、というわけじゃない。
10年間も掛けて私の品位を落とすところまで落とし、そのうえで未だに私の存在に執着してる‥?
カタカタと震え出した体は自分でも制御できなかった。寒くて寒くて、仕方がない。
「私、なんで、そんな‥恨まれて‥」
すぐに殺すことなく、敢えて10年間も掛けたその執念が怖くて仕方がない。
「‥‥‥魔女が皇女様を狙ったのは、貴女が皇族であるからかもしれません。‥皇女様に対する恨みではなく、皇族に対する恨みなのでは。10歳だった貴女がそれ程までの恨みを買うとは思えません」
「‥‥皇族に‥?」
「一番考え易いのは、“魔女狩り”をはじめたことに対する恨みかと‥‥。今のところそれが一番濃厚かと思います」
バートン卿の額からもたらりと冷や汗が流れてた。
大きな置き時計がボーン、ボーン、と音を鳴らしたけど、そんな音にさえ怯えてしまう情け無い私がいた。
怖い。遊び感覚で10年間を奪われたと思っていた方がよほど生きた心地がしていた。
私、一体このあと魔女に何をされるんだろう。
‥もしまた体を乗っ取られたら、その時はバートン卿たちに私の体を斬ってもらって終わらせて欲しい。
だけど魔女が魔法で抵抗してしまうかもしれない。それなら‥
「‥‥‥バートン卿、いますぐ私のこと‥殺してください」
「‥‥え」
「‥怖いんです。10年間、不幸な時間を過ごしていたと思ってました。‥でも、これ以上の不幸が待ち受けてるのかもしれない‥。そんなの耐えられません」
指がカタカタと震えて、声も揺れに揺れていた。思考は途切れて「怖い」という思いだけがぐるぐると繰り返される。
地獄だ。
一体、私が何をしたの‥
「こ、皇女様!落ち着いてください!」
パニック状態に陥り、無理にバートン卿の剣を取ろうとする私をバートン卿は必死に止めていた。
息が苦しいし、涙のせいでまともに前が見えやしない。
だって断言できるもの。絶対、死んでしまった方が楽だと。
どれほど暴れたのかわからない。扉が開かれて焦った顔のテッドとノエルが現れたときには、私はバートン卿に強く抱きしめられて体の自由を失っていた。
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