第27話


 ルイーズ嬢は今日のパーティーの主役。もっと話がしたいと言ってくれていたけれど、後ろ髪を引かれるようにしながらパーティー会場へと戻っていった。「まぁ私のバースデーパーティーを壊そうとした王宮の首謀者のこと、私は許しませんわ。ふふふ」と言い残して。


 知らなかっただけで味方はいたんだ‥。そう思うと、ジンっと胸が熱くなる。それを知れただけでも、人生を諦めなくてよかったとさえ思える。


 それにしても‥ルイーズ嬢の話だと、お父様は私が魔女に取り憑かれていると分かっていたのかもしれない。‥‥そのうえで、私をから守る為に敢えて遠ざけていたのかな。


 もし、そうなら‥‥。

魔女から解放された今、私はお父様に手を伸ばしても許されるのかな‥‥?あの頃の様にもう一度、目を細めて笑いかけてもらえるのかな‥‥?



「ーーー皇女様、先程の話は真実なのですか」


 低い声を震わせていたのはテッドだった。テッドは比較的最近離宮に来た騎士。冷たいところはあるけれど割り切って淡々と仕事をしてくれるから、私はテッドを一方的に信頼してる。


「‥‥えぇ。その、言えなくてごめんなさい」


 自身のこれまでの態度を振り返っているのか、それとも別な理由からか、テッドは珍しく気が動転している様に見えた。

 眉を顰めて何か思い詰めた様な暗い表情をしたテッドは、数秒経ってから首を横に振った。


「‥‥‥私の姉も‥‥その、皇女様の様に突然人が変わったことがありました。それは、母の死に耐え切れず心が病んだせいでした。‥‥てっきり、皇女様もそのような理由があったのかと‥‥思っていたのですが‥。そうですか‥魔、女‥‥」


 テッドはそう言って、口元を押さえた。何故かテッドは今、すごく辛そうだ。いつものツンケンしたクールな姿はどこにも無い。


「‥‥大丈夫か。汗をかいているが」


 バートン卿がテッドにそう声を掛けると、テッドはハッと我に返ったようだった。


「‥‥失礼致しました。問題ありません」


 何も知らなかった人が魔女の話を聞くとここまで動揺してしまうものなのかな‥?それにしても深刻な感じがしたけど‥。


 その違和感に私の第六感が何かを知らせた。

テッドのこの態度はやっぱり普通ではない気がしたのだ。


「テッド、その、何か思い悩むことがあったの‥?」


 丸眼鏡の奥の瞳は控えめに私の姿を捉えた後、すぐに普段通りの強気の瞳へと変化した。

 特に何もありません、とテッドが言い切ったのと扉がノックされたのはほぼほぼ同じタイミング。


 私たちは結局それ以上掘り下げるタイミングを失ったまま扉に視線を移した。


 扉から現れたのは、獅子のようなオーラを纏った公爵だった。ルイーズ嬢の言葉を鑑みれば、公爵も私の正体が皇女であることや、魔女に体を乗っ取られていたことを察している筈。


 公爵がどう切り出すのか分からずに、ごくりと息を飲む。


「‥‥素晴らしい演奏でしたな!何かに感動して鳥肌が立ったのは久々でしたよ。うん、本当に素晴らしい!!」


 その声量は興奮している為かとても大きく、公爵の肺活量の凄まじさを感じた。先程とは違って敬語を使っているところからも、私のことをと認識しているのだと分かる。


「あ、ありがとうございます‥」


 公爵の勢いに圧倒されながらも控えめに感謝を伝えると、公爵はニカッと笑った後ににわかに信じられない言葉を落とした。


「いやぁ、本当、殺さなくてよかったですわい!!」


 そう言って豪快にゲラゲラと笑っている。


「‥‥え?」


 肝が冷えるとはこういうことを言うのだろうか。バートン卿とノエルとテッドの雰囲気も変わった。公爵への警戒心が今の一言で急激に上がったのだ。


「あぁ、もちろん皇女様のことではない!その御身に取り憑いていた魔女のことです」


「‥‥ぁ、」


 口を開いても言葉がうまく出てこなかった。

そんな私の代わりに、言葉を落としてくれたのはバートン卿だった。


「‥‥魔女だけを殺すことが可能なのですか?」


「はははっ。冗談もほどほどにした方がいい。中身の魔女だけを殺す方法があるならば魔女狩りなどという無駄な大量殺人など起こらなかったはずだ」


 公爵は顔色を一切変えぬまま愉快そうに言い切った。

中身の魔女だけを殺す術はない。ーーつまり、公爵は容赦なく私自身を殺そうとしていたということ。

 殺さなくてよかったという発言からして、魔女が抜けでたあとの私を殺す気はないんだろうけど‥。


 こんなにも圧倒的に力を持った人から命を狙われていたことを思うと、心臓を直接握られているような居心地の悪さを感じる。


「‥‥無駄な大量殺人、だと‥」


 テッドが私の後ろでボソッと呟いた。

その声は暗く、冷たい声だった。近くにいた私にしか拾えないような小さなその言葉は、何故か一向に耳から離れてくれなかった。

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